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“優しさ”について考えたこと 

色んなことを通じて、私が思うことがあります。
誰かを「かわいそう」と同情することは、
時に、相手にとって、とても失礼なことじゃないか、と。
「かわいそう」という気持ちを送ることは時に、
相手からエネルギーを奪うと思う

ふと、幼少期の出来事を思い出しました。。。
転んだ時に笑われて、痛いからではなくて、自尊心が傷つけられて泣いたことがあります。
別の転んだ時(良く転ぶ?)、大して痛くなくても、妙に心配されて大ごとのように扱われて
「そんなにヤバい・・・?」と心配になって、訳が分からなくて泣きました。

もしあなたが、「誰誰さんが、かわいそう」と感じる機会があったら、
その感情を自分の中でじっくり味わったあとに、
自分のなかのどのメモリーが再生されているのかなと、
内面を見つめてみることが大切なんだと思います。
その出来事は、あなたのメモリーを消す機会を与えてくれているのです

人間には、幸せを感じる力があるはずと、私は信じます。
自分のDivineとしっかり繋がることが出来れば、わたしたちは、
無限∞の豊かさとともにあるのです。

 転んだとしたら、そこには理由がある。
 それ以上でも、それ以下でもないということ。

相手が一人で起き上がれなければ、手を差し伸べよう
涙を流していれば、ハンカチを渡そう
一人で歩くのが難しければ、寄り添って、支えながら歩こう
転んだ地面を良く見て、次に同じように転ぶことがないように、
一緒に考えよう

本当の優しさはこういうことかもしれないと、最近思います

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Comments

そうだね。

たしかにそうだよね。
リコネ仲間の「みのり」さんが、笑医塾の高柳和子先生の話をブログに書いていて、同じだなーと思った。
↓この記事ね。
http://ameblo.jp/smiling-bigblue/entry-10280484517.html

同情の気持ちを持ったとき、
相手の内なる輝きを、相手の完全性を見失っていないかどうか省みることが必要かもね。

お世話になってます。

Toshiyuki333さん

ご紹介頂いた記事、読みました。

とても興味深いですねv-22

知人の方が、この記事を読んだインスピレーションで、「心配は心を配ること」という言葉を教えて下さったんです。。
すごく素敵だなって思いました。

また、Toshiyuki333さんの視点からのご感想をお待ちしていますねv-238

今後ともよろしくお願いします!

ありがとうございました。

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