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謝りグセ 

みなさん、こんばんは。

私はつい最近、ある大切なことに気が付きました。
前日くらいからモヤモヤしていて、翌朝起きた時に「やっぱりそうだ!」と
妙に確信した事なんです。

これは私にとってはものすごい発見で、みなさんに早くお伝えしなければ思っていました。
ホ・オポノポノの根幹ともなる部分を私は、大きく勘違いしていたような気がしたのです。

さて、4つの言葉やクリーニングツールででクリーニングする、ホ・オポノポノ。
自分に対して行うことが、基本です。
今日は特に、4つの言葉について考えていきますが、
どれも言葉として素敵だし、人間として大切な要素だと思うので、
クリーニングを始めてから私は、日常会話のなかでも使うよう意識して過ごしてきたんです。
そんな中で私は、自分自身のメモリーに左右され、
大変間違った癖をつけてしまったのではないかと気が付いたのです。

それは、「謝りグセ」です。
誰かとの間に波風が立った時に、すぐさま「ごめんなさい」
と謝る癖を持っている自分を発見しました。
それで良いのだと、ずーっと思ってきました。

例えば、私とのやりとりの中で相手が怒ったり不快になったとしたら、
自分の表現に問題があったということだから、全力で謝るべきだと思って来たんです。
確かに、そういう時もあるかもしれませんし、
本心から謝りたい時はそれで問題ありません。

でも・・・本質は違いますよね。
人間がお互いの関係性のなかで衝突した場面で、本当に全てが全て、
私がごめんなさいと言えば済むことなのだろうか・・・と言う事に、
やっと疑問を感じるようになったのです。

これは、ある身近なトラブルから違和感を感じ始めたことがきっかけでした。
対人関係のトラブルがあって、私は相手をずいぶん怒らせてしまいました。
ただ、私にはその時全く悪意はなく、逆に、
相手が怒るのはおかしいんじゃない?と本心では思いました。
でもついつい謝りグセで、「ごめんなさい」と謝って、その場は収まりました。

しかし・・・、後になってもスッキリしないんです。
私は、愕然としました。
ホ・オポノポノしているのに、どうして??と思いました。
でも自分の気持ちを見つめた時、以下のようなことに気が付きました。

「ごめんという気持ちは確かにあるけれど、私の言い分だってある。
 それを相手に伝えなければ、相手も私の状況を理解できないのではないか。
 本当の相互理解には繋がらないのではないか。
 それより何より、ごめんと謝りながら、全然ごめんと思っていない自分がいるじゃないか。
 表面的に相手に謝ることって、相手に対して何て不誠実なんだろう。
 そして、自分自身に対しても、どれだけ不誠実なんだろう。
 何て自分を傷つける行為なんだろう・・・。」

そこでやっと、気が付いたんです。
すごく基本的なことでした。
ホ・オポノポノでは、相手にごめんなさいと言いましょうなんて、
誰も言っていません

あくまで全て、自分自身への働き掛けですから。

それなのに私は、相手にありがとう、ごめんなさい、許して下さいと伝えるとして、
いつの間にか理解してしまっているところがあって、
ついついヘコヘコと謝る癖を、自分のパターンとしてつけてしまっていたのでした。

どうしてこうなってしまったのか…?
じっくり、内観しました。
そうしたら、私のなかのウニヒピリが言いました。
・・・嫌われたくないから謝るの」と。
とても悲しくなりました。
ウニヒピリを虐げてきた自分を、心底悔みました。

トラブルが生じてストレスを感じた時に私は、自分のウニヒピリをケアする前に、
相手に平謝りしてその場を丸く収めるという方法をとり続けてきました。
これは、自分のウニヒピリを傷付ける行為でした。
相手にヘコヘコ謝っているその間、私はウニヒピリを完全に無視していたのです。
こうやってたくさん傷付けてきたのだと気が付きました。

このブログにおける今までのホ・オポノポノの説明の中で、
誤解された方がいらっしゃるかもしれませんし、
私と同じような癖が付いてしまっている方もいるかもしれませんので、
皆さんに、改めてお伝えしたいと思い、いま記事を書いています。

4つの言葉やクリーニングは、自分自身にまずして下さい。
まず自分をしっかりクリーニング。
自分が終わったなら、やっと相手です。
この順を間違えると、間違いなくウニヒピリを傷つけてしまいます。
それは、自分をないがしろにすることであり、自分を愛することと逆行する行為です。

そして、傷付けられたウニヒピリは自己卑下に陥ります。
ウニヒピリの誇りを汚すことになってしまうからです。
自己卑下に陥ったウニヒピリは、バランスをとるために、誰かを見下そうとします。

 関連記事 → 「人を見下すということ」
        → 「軽視」

潜在意識下での人を見下すという意識は、顕在意識上での言動として現れ、
平和を乱す行為に繋がることがあるでしょう。
しかしそれは、ウニヒピリにとっては陰陽の法則上、自然の流れです。
誰の責任でしょうか?
そう、「わたし」の顕在意識の選択の結果なのです。
つまり、私の責任です。

今回の出来事は、「がーん」と、頭を殴られたような体験でした。
でもいま気が付くことが出来て、本当に良かったです。
もしも、私と同じように誤解して理解している方がいらしたら、
ぜひ捉えなおす機会にしてみてください。
そして今まで、誤解を与えるような表現をしてきたであろう事を、
どうかお許しください。

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Comments

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ぽにょさん

はじめまして!いつもブログを拝見して、いろいろな気付きを受け取っているしあわせな読者のひとりです。

わたしはホ・オポノポノ初心者ですが、
なんかさっき自分がお風呂場で感じていたようなこと
「はっ、なんかいま私、自分自身じゃなくて相手に4つの言葉をなげかけてるじゃん!」
「まずは自分だよ、自分のウニヒピリだよー!」
というのと、
今日のぽにょさんの記事が重なるな~と思ってコメントいたしました。

こんなとき、自分自身の誤解を正すようなときでも
迅速に記事にしてシェアして下さってありがとうございます!
わたしもこんな風に、気づきにオンタイムで対処していけるよう、
クリーニング続けていきたいと思います。

ぽにょさん、いつもありがとうございます☆

  • [2011/02/07 22:34]
  • URL |
  • ヒヨドリ
  • [ Edit ]
  • TOP ▲

どきっ・・・。
私もそういうところあるかもしれません。


無駄な争いや対立や感情的なののしりあいなどを避けることも大切だと思っていたので、私の中では、相手を批判ばかりするよりは良いと思っていましたが・・・。
もう一度ゆっくり考えて見ます。

気づかせてくれてありがとうございます。

ぽにょ先生へ

精神科医の肩書きを名乗っていらっしゃるので、ホ・オポノポノなどメソッドを紹介されるときは、ミスリードの可能性には最新の注意を払って頂かないと危険な気がします。
一般のブロガーが感想的に間違って(いるかもしれない)事を紹介しているのとは、少し違う気がするのです。
また、読者が毎日ここにきて記事を確認し、本日のように間違いに気がつくとは限らないと思うんです。

それから、ぽにょ先生のところを訪れる患者さんの問題は、患者さんの問題ではなく、ポニョ先生ご自身の苦悩を見せに来てくれているのではないでしょうか。
他者(患者)さんの問題として救ってあげよう、というお考えは先生のウニヒビリをますます苦しめると思います。
その患者さんの症状は、先生ご自身の事としてクリーニングされるののがまず先で、「この人にホ・オポノポノを教えてあげよう」とか「ホ・オポノポノのメソッドで救ってあげよう」というのは実は先生のウニヒビリへの虐待になってしまうのではないかと感じています。

そしてこのブログでの違和感や「間違っておられる」と感じることも私自身の記憶です。
クリーニングの機会をありがとうございます。
愛しています。


すべては自己責任

この言葉がすべてですね
ぽにょさんの言葉から何を思い何を感じるかもすべてそのひと自身
ここで共有する機会を与えられた今、ただ、自分をクリーニングする以外、なんの言葉もみつからないのです
ただ、この出会いに感謝するのみですヾ(@⌒ー⌒@)ノ

私も・・持ってます。

「謝りぐせ」

その場をおさめるだけに、口先だけで謝る・・・
そんな自分がとっても弱いなぁ~と感じて自己嫌悪に陥ってしまいます。

とってもしみじみと色んな事を感じる事ができました。ありがとうございます。

ネットの中にたくさん散りばめられた言葉から、自分に必要な言葉が届く瞬間が嬉しいです。

いくら正しい言葉だったしても、自分が受け取る準備が出来ていなければ受け取れないし、間違った言葉でも、そこに自分の照準が合ったら受け取ってしまう。
間違った言葉を受け取っても、自分がきれいに受け止めると、また別の物に変化してパワーをくれると思います。

こうして…

見えないけれど、なかなかお会いすることも出来ないけれど…

ホオポノポノに縁あって出会い、ぽにょさんのブログにこれまた縁あって呼ばれて…

そしてクリーニングしている私達は、やっぱりクリーニングし合う縁で繋がっているかもですね

職業も、立場も、ホオポノポノの捉え方だって…時に違うかもしれませんが

多少の間違えや理解不足もあるかもしれませんが、、

それだって必要なことなのかも知れません…

だからここは指摘しあう場所ではなくて、、

ゆったりとウニヒピリと語り合いながら自分自身と

そして、このブログでつながるみんなの、それぞれの記憶を優しくクリーニングし合う、、、

そんな、場所でありますように…

みなさんを大切に感じています…


はじめまして

7年前から精神科に通ってます。
双極性障害です。


病いのこともあって、以前よりもネガティブです。
生まれた家が極貧で、親はいつも、夫婦喧嘩をしていました。

お金のことで喧嘩ばかりだったのです。

その為、病院の先生からは、心的外傷後ストレス障害とも言わました。

質問です。

「ありがとう」「ごめんなさい」「許して下さい」 「愛してます」の4つの言葉は、沸き上がってくる感情に対して、言えばいいのでしょうか?

例えば自分なら、「お金がない」という感情に対して、言えばいいのでしょうか?

それから、ウニヒピリのイメージも上手くできません。

経済的な困難をなんとしてでも、乗り越えたいです。

朝の目覚めを気持ちよくしたいです。

長くなってすみません。

何かアドバイスを頂けたら幸いです。

よろしくお願い致します。

うめ様

こちらのサイトを提供されているぽにょさんは、精神科医でいらっしゃいますが、ホ・オポノポノの公式認定トレーナーではいらっしゃらないので、ホ・オポノポノに関してのご質問は、ホ・オポノポノの公式サイトにいかれて、正確に勉強されるのが安全だと思います。

ところで、ホ・オポノポノの本によると、4つの言葉はあなたのなかの「情報」=記憶 に対して言います。と書かれています。
「私の潜在意識の中の、どの情報が原因で経済的な困難を経験しているのだろうか」「私の潜在意識の中のどの情報が原因でお金が足りない、と思っているのだろうか」などと自分に尋ね、
その部分(情報)に対して4つの言葉を言います。

ただし、ウニヒビリをケアしていないとクリーニングがうまくいかないなどの事があるので、是非本を読まれるか、クラスに参加されることをおすすめします。
公式サイトは、googleで「ホ・オポノポノ」で検索すると上の方に出てくると思います。


そしてクリーニングの機会をありがとうございます。
愛しています。

一緒にクリーニングをして、ゼロになりましょう。
そうすれば、私達にとって必要なもの、正しいものは全て与えられますね。

ありがとうございます。
愛しています。

もも様へ

ご丁寧にありがとうございます。
教えて頂いたことを実践して行きます。

違うんじゃね?

4つの言葉は記憶に対して言うんだろ?
誰かとの間に何かあったら、その原因になってる自分の中の記憶に対してごめんなさい、愛してます、じゃねーの?
100パーセント自分の責任じゃなかったっけ? 

オポノポノってもっとシンプルなもんだと思ったけど。

勝手な解釈になっててすっげぇ危険だよね。
要するにあんたが腹の底で相手見下しててそれが相手に伝わっちゃってただけなんじゃねーの?

なんかホントは人見下してる感じプンプン伝わってくる。

ももさんへ

ももさんの一連のコメントを読み、違和感を感じました。
そう感じたこともクリーニングの機会ではありますが、それでありがとうございますで終わってしまっても、それは違うのではないか、表面的にきれいにまとめているだけではないかと考え、このコメントを書いています。
ぽにょさんは、精神科医を名乗ってホ・オポノポノについて書いていく中で、ミスリードしないように細心の注意を払っていると感じます。また、診察する患者さんの問題をまずは自分の問題として捉えてクリーニングしているとも思います。ただ、それは私個人の感覚です。もしかすると、私は感じることが出来ないでいる、ぽにょさんの傲慢さや他人を見下した態度がにじみ出ているのかもしれません。でも、それについてもぽにょさんは最近の記事で触れています。
今回の謝りグセについても、ぽにょさん自身が「大きく勘違いをしていたような気がして」と認め訂正しています。それはとても勇気のいることです。精神科医であると名乗ったら100%ミスリードしてはならないということにはならないと思います。
ここで質問したいのですが、ぽにょさんが大きく勘違いをしていた気がすることは、ホ・オポノポノを知って実践しようとする者ならだれでもその難しさがわかることではないでしょうか。これは、2011/02/09 17:42にコメントされた方へも聞きたいことです。私も、頭では自分の記憶に対して4つの言葉を言うのだとわかっていても、実際に日々の生活のなかでのクリーニングになると、ほかの人に対して言ってしまっているようなときがあります。もしかすると、ももさんはそのような戸惑いや勘違いをすることはなかったのかもしれませんが、ホ・オポノポノを実践しようとする人がそうなりやすいことは分かるはずです。そうであれば、ももさんや17:42の方のコメントにはならないと思うのです。それが、私の感じた違和感の中身です。
もう一つ、ももさんにお聞きしたいことがあります。ももさんはどういうお気持ちからコメントをされたのだろうかということです。
きっと、ホ・オポノポノを正しくみんなに知らせたい、広めたいという気持ちからと思います。だからこそ、「クリーニングの機会をありがとうございます、愛しています」と自分の心の内だけで済ませずに、ここにコメントされているのだと思います。ホ・オポノポノの公式トレーナーでないももさんが、ほかの方の質問にアドバイスされているのも、そういう思いからでしょう。ただ、ももさんの論理で言うなら、ももさんが公式トレーナーでいらっしゃらないのであればアドバイスするべきではありません。それとも、一般のブログ読者であれば間違って(いるかもしれない)事をアドバイスしてもいいのでしょうか。ももさんはそういう事を言われているのです。もちろん、公式トレーナーであればきちんと名乗るべきとも思いますし、そうであればこれまでのコメントは少し残念な気がします。
私がこれをコメントすることで余計な波風を立てることになりはしないかと心配もしていますが、このことがきっかけで、ももさんや私、その他のここを訪れる方の理解が深まればいいなと思っています。以上です。

  • [2011/02/10 21:24]
  • URL |
  • さいころ
  • [ Edit ]
  • TOP ▲

さいころさん、LOTUSさんのコメントに共感します。

私はホオポノポノをとても素晴らしいと感覚的に思っていますが、まだまだ勉強不足なので、深く理解はできてないと思っています。

ただ、時々このブログを拝見させてもらい、いろんな気付きやキッカケをいただいています。
共感できる情報を得たり、ちょっと今の自分には無理かなぁと思ったり、そんな課題もあるんだと発見したり…
そうやってホオポノポノに対しての理解が深まっていったように思いますし、ホオポノポノ以外の部分でもずいぶん勉強させてもらっていると感じています。

すべてが自分の責任というのであれば、どうとらえるかも、どうクリーニングしていくかも自分の責任じゃないかなとも思います。


ぽにょ先生と皆さんにいつも感謝しています。

ありがとうございます。

さいころ様

私宛にコメントを頂きまして、ありがとうございます。

ところで、私が最初に「願い事を手放すのが本当では」という趣旨のコメントをしたとき、
さいころさんがそれに対してとてもしなやかで、頑なさのない、軽やかなコメントをされていたので、とても素敵な方だなと、クリーニングがすすんでいらっしゃるんだろうな・・・と感じていました。

そしてご質問してくださいましたので、回答というよりもさいころさんとの対話のような気持ちでお答えさせて頂きます。

まず、「それでありがとうございますで終わってしまっても、それは違うのではないか、表面的にきれいにまとめているだけではないか」
とのことですが、
この「ありがとうございます」という言葉は、いわばクリーニングツールですので、
きれいにまとめる目的ではなくて、コメントの内容や、それを読んで感じた記憶をクリーニングしているつもりで書かせていただきました。


「ここで質問したいのですが、ぽにょさんが大きく勘違いをしていた気がすることは、ホ・オポノポノを知って実践しようとする者ならだれでもその難しさがわかることではないでしょうか。・・・・そうなりやすいすいことは分かるはずです。そうであれば、ももさんや17:42の方のコメントにはならないと思うのです」

についてですが、そうなりやすいとよく聞くからこそのコメントのつもりです。
例えば、「そうですよねわかります・・・」という同調もひとつのコミュニケーションですが、
この場合は、正反対の方向に行ってしまうのが非常に危険(ウニヒビリへの虐待、他人のカルマ=記憶を背負いこんでしまうなど、)なのではないかなと、とても心配になりました。

但し、本来はその間違いや心配も私自身の記憶なので、何もコメントせず、自分自身をクリーニングすれば良い、というのが正しいクリーニングの方法かもしれません。

「ホ・オポノポノの公式トレーナーでないももさんが、ほかの方の質問にアドバイスされているのも、そういう思いからでしょうし、公式トレーナーであればきちんと名乗るべきです。」

日本に公式トレーナーは今のところ存在していません。
私がうめさんの質問にコメントしたのは、(方法の部分については)
「アドバイス」ではなく、ヒューレン博士の著書の抜粋です。


「もう一つ、ももさんにお聞きしたいことがあります。ももさんはどういうお気持ちからコメントをされたのだろうかということです」

さいころさんは、私が本当はぽにょさんを攻撃しているだけなのではないか、ととても不快な感じをもたれたかもしれません。
私は、ポニョ先生のブログを見つけたとき、とても具体的にいろいろな事案や情報を発信されているので、毎日みていまして、敬意をもっているつもりです。

こちらのコメントに訪れていらっしゃるかたのこともです。

私の文章が配慮に欠けたものであったとしたら、その点をお詫び申し上げます。

今後もこのブログを訪れて、みなさんと一緒にクリーニングしていきたいと思います。

さいころ様、ぽにょ先生、みなさま
ありがとうございます。
愛しています。







「きっと、ホ・オポノポノを正しくみんなに知らせたい、広めたいという気持ちからと思います」

本来、人様を助けて差し上げたい、と感じた場合は「ホ・オポノポノをおしえてあげよう」という方向ではなく、
その方への心配やその事実をみている自分の記憶をクリーニングすれば良いそうです。
そうすれば、相手からも苦悩が消えます。と博士は言われています。
ですから、私は「広めたい」という風には考えていませんが、明らかに「方法」が違っているのではないかと思った場合は、お伝えするのも良いかもしれないと思っています。

「ホ・オポノポノの公式トレーナーでないももさんが、ほかの方の質問にアドバイスされているのも、そういう思いからでしょうし、公式トレーナーであればきちんと名乗るべきです」

公式トレーナーは日本にはまだいらっしゃいません。
そして、公式トレーナーではない私がうめさんにコメントしているのは、
「アドバイス」 ではなくて、方法についてはヒューレン博士の著書の抜粋です。

構成が変でしたが笑

先のコメントの構成がおかしくなり、よみづらくお感じになりましたらすみません。

四つの言葉

ぽにょ様

ホ・オポノポノの四つの言葉は、ほんとにいい言葉ですね。ホ・オポノポノに初めて出会ったとき、この四つの言葉にも強く引かれました。

ごめんなさい
  過去や現在において家族や友人や今まで関わってきたすべての人に、ごめんなさい、と言いたいですね。
  いろいろと迷惑をかけ、傷つけてきたでしょうから。
  でも、まずは自分のウニヒピリから始まるのですよね。
許してください
  ごめんなさい、と同様にすべての人に、許してください、と言いたいですね。
  でも、まずは自分のウニヒピリから始まるのですよね。
ありがとう
  ごめんなさい、と同様にすべての人に、ありがとう、と言いたいですね。
  でも、まずは自分のウニヒピリから始まるのですよね。
愛しています
  ごめんなさい、と同様にすべての人に、愛しています、と言いたいですね。
  でも、まずは自分のウニヒピリから始まるのですよね。

そう思いながらも、私のメモリーは自分の願っていることと反対のことをよくやるのです。悲しいですね。
でもこの現実を自分自身ではどうすることもできないのです。
だからクリーニングが必要なのですよね。

ごめんなさい
許してください
ありがとう
愛しています

良い言葉、言霊(ことだま)ですね。

Thank you.



気になっていること(皆様へ)

私はぽにょ先生が「ミスリード」しているとは少しも思いませんし、その心配も少しもないと思っています。
また私はぽにょ先生が「他者(患者)さんの問題として救ってあげよう、というお考え」を持っているとは、少しも思いません。そのように思う根拠はどこにあるのでしょうかね。

また私はぽにょ先生が「『この人にホ・オポノポノを教えてあげよう』とか『ホ・オポノポノのメソッドで救ってあげよう』」と思っていらっしゃるとは少しも思いません。そのように思う根拠はどこにあるのでしょうかね。

ブログの責任者を否定して、ご自分でコメントに答えるとは、がっかりです。「『アドバイス』ではなく、ヒューレン博士の著書の抜粋」であるならば、その著書名、できればページも明記すべきです。

「私の文章が配慮に欠けたものであったとしたら」とありますが「あったとしたら」ではなく、配慮に欠けており、まったく失礼だと、私は思います。ご本人が気づいていないメモリーを第三者として見ているような気がします。

このような、からいコメントを書くのは、私自身の中に、もっと「悪質」なメモリーがあることを自覚しているからです(メモリーに良質も悪質もありませんが)。このメモリーは自分の力ではどうすることもできないのですよね。だからクリーニングが必要なのだと思っています。静かにクリーニングします。



KR女史の言葉

以前、KR女史の個人セッションの体験談をシェアさせていただいたゆうです。

一連のやりとりを拝見していて、KRさんのある言葉を思い出しましたので、再びシェアさせていただきたいと思います。

それは、私が「何か出来事が起こったとき、その時わきあがった感情をクリーニングすればいいのか、出来事の元となった記憶をクリーニングすることを意識すればいいのか、何に対してクリーニングすればいいのかわからなくなることがあります」と質問した際の答えです。

KRさんは、「どこにクリーニングしても、一つのものにつながっているのだから大丈夫です」
「何をクリーニングするかを考えるよりも、まずクリーニングをすると選択することが大事」
「あなたが自転車をこがなければ倒れてしまうでしょう、それと同じで、ただ、こぐことが大事、あなたから発信することが大事なのです」
とおっしゃっていました。

また、「私達は何がどういう風になって出来事が起こっているかわからないけれど、クリーニングをすれば、ウニヒピリが必要なものを集めてうまくやってくれる」
「私達はただ、そのとき体感していることをクリーニングすればいいのです」
とのことでした。

この言葉を聞いて、「クリーニングに間違っているとか正しいとかいうことはないんだ」と、とても安心したことを覚えています。

ヒューレン博士も常々おっしゃっていますよね。

Just do it!

これが、ホ・オポノポノの真髄なのだろうと思います。

なし

みんな、これだけ意見しあってるんだから、ポニョさんも、なんか、コメント出せばいいのに。
知らん顔かよ

  • [2011/02/11 14:05]
  • URL |
  • 通りすがり
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  • TOP ▲

ももさん、そして皆さんへ

ぽにょです。
お返事大変遅くなりました。

ももさんの最近のコメントを読んでから私は、色々な感情(記憶)が
立ち上がり続けており、ずっとクリーニングをしています。
実際には表面的なお返事を1回しか出来ておりませんが、
ももさんを無視している訳では決して無くて、むしろずっと
ももさんのことを考えて最近は過ごしています。
そして、ももさんへのメッセージは下書きだけでA4で2枚書きました
(この文章も合わせるとなんとA4で7枚です)。
しかし、自分のブログにも関わらず、何か書いたらまた指摘されるだろう
と想像するとコメントするタイミングが掴めずに、
そして次々と入るコメントを読んでは新たにクリーニング…をしていました。

何から伝えたら…と言う感じなのですが、まず、
ももさんがコメントで伝えて下さったホ・オポノポノの内容に関することは、
私は9割以上、基本的事項として理解しています。
なので、何が根拠でどの記事を読んで、
私が「他者(患者)さんの問題として救ってあげよう、というお考え」
を持っているとか、「この人にホ・オポノポノを教えてあげよう」
「ホ・オポノポノのメソッドで救ってあげよう」と思っている、
ということを感じたのでしょうか?
具体的に教えて頂けますか?

なぜなら、ホ・オポノポノに出会ってから私は、
臨床の場においても考え方を本当に180度変えて
患者さんと向き合う努力をして来ましたし、
少なくとも、ご心配頂くような内容を記事に挙げた覚えがありません。
でも、もしそのような表現があれば改めたいので、本当に教えて下さい。
この言動は正直いって私には、ももさんが知識として披露したかっただけ
のように感じるのですが、違いますか?

「新月の願い」の記事の頃から何人もの方が、
ももさんあてにメッセージを送っていましたが、どのように受け止めていましたか?
最近では、直接ももさんあてにもメッセージを送られている方もいます。
ご自身が指摘されている今の状況にておいて、その要因となっている
御自分のメモリーには気付かれますか?

私が気付いたことを、少しずつお伝えします。
まずブログの責任者として思うのは、このブログでコメントをするという
本質の理解についてももさんは、根本的な所でズレがあるのではないか、
ということです。
熱心にブログを追って下さっているようですが、
他の方の今までのコメントはご覧になっていますか?

そして、私がブログを立ち上げてから2年、どのような経緯を辿って
今のように読者の方々同士がコメントで交流するに至っているかなど、
そこに費やした時間と苦労と真意を想像し、御理解いただいているのでしょうか。

たとえ流れを把握していなくても、ももさんがブログの責任者の私に対して
社会人として常識的な、相手への敬意と感謝の感性があるならば、
このようなコメントは出ないと思います。
少なくとも、私はしません。
ですから、私を指摘するコメントを入れていた時点でももさんの中には、
私や他の読者の方々に対する感謝や敬意が薄かったのでは、と思います。
そしてそれは、はっきり言いますが、とても失礼なことです。

ももさんが、ホ・オポノポノをとても素晴らしいメソッドとして考えており、
本当に理解を深めたい、世の中のクリーニングをしていきたい
という願いがおありならば、このブログやここでの交流の様子を見た時に、
このようなコメントをするという行動には出ないのではないかと思うのですが、
違いますか?

私自身は精神科医ではありますが、人間としてはとても未熟で、
人を見下したり傲慢だったりプライドが高かったり臆病だったり
心配性だったり抑うつ的だったり被害者意識の塊だったり依存心が強かったり
責任感が薄かったり逃避的だったり怠惰だったりするところも
たくさん持っており、ブログ上でたくさん綴ってきました。
しかし、ホ・オポノポノに対する敬意と感謝と熱意は、
誰からも汚されることのない、純粋な思いなんです。
その思いを等身大で表現してきたこのブログを、有難いことに
少しずつ読んで下さる方が増え、また読者の方とも交流が増えてきたことは心底嬉しく
ホ・オポノポノへの感謝は更に深まる一方ですし、これから一生自分の根幹に置いて
そして可能ならばライフワークとして深めていきたいと願っています。

また、ももさんが仰る通り私は認定トレーナーではなく一実践者です。
ですから、ブログ責任者であると同時に、ここに集う方との交流を通して
ホ・オポノポノを深めたいと願う一人にも過ぎません。


感情的にあえて問いますが、精神科医だから、ブログの責任者だから、
間違いや誤解をすることは許されないのでしょうか?
間違いを書いて誤解を与えくらいならば、このブログをさっさと閉鎖することを
ももさんはご希望ですか?
自分の間違いを後になって気付き「今まで誤解していました、すみませんでした」と
自分の至らなさを認めてフィードバックしたとしても、
私が間違うことを、ももさんは受け入れられませんか?
正々堂々と記事で謝罪している人に対して、更にダメ出しをする必要ってありますか?
ももさんは一体、どれだけの実績を残されている方なのでしょうか?
ぜひ教えてもらえませんか?

…と、ももさんのコメントに対して私の中には、
クリーニングしていれば消えるものなのでしょうが、
とても“怒り”を覚え、感情的にもなったのです。


冷静モードに戻ります。
私のホ・オポノポノへの純粋な気持ちは、
時に稚拙だったり勘違いしたりもあると思いますが、
多くの方にお伝え出来ているのではないかと自負しており、
そんな自分を誇りに思います。
私がこの場で皆さんと共有したいことは、ホ・オポノポノの理解を深めながら
共にクリーニングするということで、その先にあるのは「みんなが幸せになる」
ということのように思います。
知識自慢や、他人の上げ足取りや、自己正当化や、
完璧主義を目指すことではありません。
もちろん、認定トレーナーを目指すための何かでもありません。
もっともっと、ある意味無目的で純粋なものです。

ネット上ではありますが、心の通った交流をする場にしたいのです。
人間同士でお互いの神なる部分を発見したり、汚らしいメモリーを見つけても
クリーニングして受け入れ、自分を本当の意味で愛していくという
とても難しい「自己愛の確立」ということに、少しでも役立てたらと思うのです。
いけませんか?

ももさんの中に、人を見下すプライドの高さ、
完璧主義で他者を批判するという記憶はありませんか?
それが良いとか悪いとか言っている訳ではなくて、
それらのメモリーが後ろで働いていることに、気付いていますか?

今回のももさんの言動の裏にある記憶…つまり、
「他人が築き上げてきたものに対する感謝と敬意が足りない」ことや、
「自分のことを棚に上げて、上から目線で他人を批判することで優越感に浸る
プライドの高い意識」は、特にネット上では頻繁に起こりやすい事です。
そのような意識はちまたにたくさん転がっていますし、
私自身がホ・オポノポノに出会うまでは、そういった記憶の塊のような人間でしたから、
とても良く分かります。
その記憶が悪いとかももさんが悪いとかではなく、
気が付けばクリーニングが出来るのですから、
気付いているかどうか大切だと私は思うのです。
改めて問います、ももさんは気付いていらっしゃいますか?

加えて、本心から真意としてお伝えしたいのは、私はももさんという人間そのものを
否定したり批判している訳では全くない、ということなんです。
なぜなら、上記のような意識はまだまだ私の中にもあり、
それは最近の記事で表現している通りで、
同時に今という時を共有している私たち全員の集合意識の中にあるもので、
記憶でしかないからです。
記憶=ももさんではありません。
ももさん自身は、美しい純粋なる神聖なる魂そのものであり、
私はそんなももさんに、敬意を抱きます。
私は本当にホ・オポノポノを通じての出会いを貴重に思っており、
このようなクリーニングの場を与えられたことに感謝し、
ただただクリーニングをしたいと願っています。


この記事「謝りグセ」の内容にもあるように、
今までの私なら反射的に謝っていたかもしれないのですが、
改めて、ももさんのコメントに対してだけは謝るつもりは1ミリもありません。
しかし、“謝りグセ”を意識して間もないので表現が稚拙で、
新たな自分にチャレンジ中なので、ももさんに対して感情的な表現をし、
強い表現をたくさん使ってしまったことを、とても申し訳なく思っています。

まだ数少ない交流の中でのやりとりですので、
理解が間違っている部分があればぜひ御指摘下さい。
私にとって、人を見下すことと自己卑下というのは、
いま本当に取り組むべき大きな課題なので、このように立ち止まって機会を頂いたこと、
そのきっかけをもたらして下さったももさんに、とても感謝しています。

文章、とくにネット上での交流では真意がどのくらい伝わるか
とても心配ですが、念力でも何でも良いので、
ももさんへの気持ちが、ありのままももさんに伝わるよう願います。

また、2/9に匿名で17:42のコメントを入れて下さった方へ。
読んだ時にはぎゅーっと胸が痛くなりましたが、今は感謝の思いがあります。
ももさんとのやりとりをどうしようか迷っていた私は、
時間をちょっと置こうかとか、スルーして別の話題に行こうかと思っていました。
つまり、逃げようとしていました。
でも貴方のパンチの効いたコメントのおかげで目が覚めて、
このように真正面から対峙しようと決意することが出来ました。
(他人のブログに匿名でズカズカ入って来て侮辱だけして去っていくという、
全くマナーがないという“記憶”をクリーニングすべきだ、
ということはお伝えしますが。)

ももさん以外にコメントを寄せて下さった皆さんも、本当にありがとうございます。
励まされ、心がジーンとしました。
これは個人ブログではありますが、皆さんが今まで一緒に育てて下さり、
成長させてもらっているんだということを改めて実感します。
これから益々気持ちを引き締め、楽しく、時には歯を食いしばったりもして、
クリーニングを続けながら書き続けていこうと思いました。

今夜にも「見下し」と「自己卑下」のクリーニングのための記事を上げますので、
良かったらみなさんの御意見を聞かせて下さい。
そして一緒にクリーニングして頂けたら嬉しいです。
あと、私のももさんへのコメントを読んで思うことがあれば、
それもぜひ聞かせて下さい。

私はいま、とても不思議な気持ちがしています。
ももさんと匿名さんを含めて読者の皆さんを、(まるで今日の吹雪のような)
困難な嵐の航海に共に望む、頼もしい船員仲間のような感覚がして、
とても心があったかいのです。
不思議です。
みなさんとブログで巡り会えたこと、この場を私に与えてくれた
ホ・オポノポノに、心から感謝します。

ブログ始まって以来の、最も長いコメントでした。
長文を最後まで読んで頂きまして、本当にありがとうございました。

   ぽにょ

まずは、ぽにょ様、そしてこの場で交流されている皆様に
私のコメントの仕方が礼にかなっておらず、大変非礼であったことを再度、心からお詫び申し上げます。


ところで、ホ・オポノポノのクリーニングのやり方については、やはり誤解、明らかな間違いはあると思いますよ・・・・

自己責任だからどんな受け取り方、方法についての解釈があってもよい、というのは大変危険なありかたで、

クリーニングの効果がないばかりか、
さらにウニヒビリを苦しめる結果になりかねないのではないかなあと感じています。

私は、どんなメソッドであれ、まずは自分で本来の公式な情報提供の場にアクセスして、基本を直接ちゃんと勉強してから、
その次にそれを前提としてこちらのような、例えばホ・オポノポノ・・・を学んで実践されている方のブログで情報交換をされるのが安全なのではないかなあと感じています。

ヒューレン博士等の講演会やクラスでも、まず公式テキストを読んでいる方、というのを受講条件とされています。(公式テキストはホームページで読めます)

ゆうさんがコメントされているように、「クリーニングは感情に対してなのか、原因となっている記憶になのか」
という質問への回答は、「つながっているのでどちらも同じ」
となりますが、
質問内容が変われば、例えば、「自分に対してなのか相手に大してなのか」という質問であれば「どちらも同じ」といいう回答ではないだろうと思います。
ですので、ゆうさんがおっしゃるように、クリーニングに間違っているとか正しいはない、かもしれせんが、

クリーニングの方法そのものには誤解や間違いはあるかもしれませんね・・・・

ありがとうございます。
愛しています。








通りすがりさん

ちょうどすれ違いでしたね、やっとコメント出せました。
このコメント、5時間くらいかかりました。
こんなにかかったのは、本当に初めてです。

それだけ気持ちを込めたつもりです、ぜひ読んで下さい。

ぽにょ様へ

すみません、
先の(上記の記事)は、
私がぽにょ様のコメントを読む前に書き込んだものですので、

あたらめてまた返信させて下さい。

また、内容は別として(内容は真意であったという意味で)大変礼を失した形のコメントであったにもかかわらず、長いコメントを頂きまして、
まずは感謝申し上げます。

ではまた追ってコメントさせて頂きますので、よろしくお願い申し上げます。

良かったです

ももさんの最新コメントを読んで愕然とし、
ものすっごい勢いで、また反論コメントを書き終わったところでした…。

アップする前に確認して良かったです、安心しました。
怒りのコメントは、一旦消去しました。

お返事…、正直まだちょっとドキドキしてますが、
楽しみに待っていますね。
ももさんにたくさん問いかけてしまったので、ゆっくりで結構です。
夜には記事も上げますので、お読みになってみてください。

いまももさんと少し、心が通った感じがしています^^

再び、うめです

ぽにょさん、みなさんへ

自分が質問して以降、コメント欄が荒れてしまったことに責任を感じています。

自分がぽにょさんに質問したのは、他でもない、ぽにょさんが精神科医だったからです。

先のコメントでも書かせて頂きましたが、自分は双極性障害です。

メンタルクリニックに通院している自分は、精神科の先生に、親しみがあります。

あの時、自分はまるで、診察室の椅子に座り、拝見したこともない、お会いしたこともない、ぽにょさんを心に浮かべ、目の前にいる先生に質問しているような感じだったのです。

さっそく、ももさんからご意見を頂いた時、世の中には優しい人がいるんだなぁと思い、その嬉しいさの余り、お礼のコメントをさせて頂きました。
その後、多少厳しいなと思えるコメントもありましたが、その奥底には優しさを感じます。

こんなに荒れてしまうのであれば、コメントを非公開にするべきだったのかもしれません。

と、同時に活発な論議になり、それはそれでよかったのかなとも思ってます。

その後、ヒューレン博士の本を購入し、今、勉強中です。

この場を借りて、あらためて、みなさんにお礼を申し上げます。

だって、みんなあったかい人ばかり。

ぽにょさん、みなさん、また、何かコメント頂けたら嬉しいです。

このブログをもっと盛り上げていきたいです。

ぽにょさんとみなさまへ

ぽにょさん、そしてみなさま☆

ぽにょさん、先日はブログにたずねてきてくださってありがとうございました。

そして、みなさまにクリー二ングチャンスをくださったことに感謝します。

わたしは、自身をクリーニングするためのブログを立ち上げています。
ホ・オポノポノ式のクリーニングの体験や、
あと、自分の中ででてきた浄化の方法や、
別の方が提唱される浄化方法も紹介しています。
つまり、浄化することが、趣味みたいな人間です。
書くことで、はっきりしてくるのですよ、クリーニングすることが。
これが楽しくてやってます(^^)

その中で、コメントを下さる方に対して、
中には、アドバイスをくださいと書いてくださる方にわたしは、
自分がクリーニングした結果、感じたことをコメントに返しています。
この一連の作業も、すべてはウニヒピリにしか分からない
クリーニングする必要がある記憶が私にあるから、
書いてきてくださっているのだと思っています。

ぽにょさんに始まり、アドバイスというか、
そういう立場にいる人というのは、それをするなんらかの記憶があって、
それをクリーニングするために、活動をされていると思うのです。

その中で、いろいろな記憶がでてくることはすごくありがたい状態で、
おそらくここに関わっていたすべてのウニヒピリが期待していることは、
たったひとつ、どんなコメントが出るかではなく、
「クリーニングしているか」だけだと思うのですね。

これは間違い。これは正しい。
クリーニングに正しい、間違いがある。
これはトレーナーに聞くべきだ。
これが安心な方法で、これは危険な方法。
意見はちゃんと述べるべきだ。
精神科医だから意見をきく。
他人に対してではなく、自分に対してする。
相手の気持ちを確認したい。

これらも全て記憶で、そういう記憶があることを認識して、
消していこうとすることにこそ、素晴らしさがあるのだと、思います。
いいわるいはなく、ただそう思いたくなる記憶があるだけですもの。

記憶の内容より、その記憶を手放すことに素晴らしさがある。

ひとりの実践者として、ものすごくそう感じています。

感謝☆


うめさんへ。

何かコメントを・・・ということだったので、書いちゃいました(^^)

双極性障害ってことば、初めて知りました。

私は引きこもりやうつの経験が2度あります。 
(でも、病院には行かないという選択をしたので、病名はわかりません)

お医者さんのぽにょさんやうめさんからすれば、
それは違うよ・・となるかも知れませんが、
私はね、クリーニングを続けた結果、
「うつや精神病は病気じゃなく、記憶の再生のものだ」と確信しています。
そして、いま個人的には、家系のパターンというか、
家系特有の流れを中心にいま、クリーニングをしています。

いま、ふっと「今まで一生懸命がんばってきた先祖の流れから、
バランスを取るために、現象として出てきているのだから、
自分に優しくしてあげてくださいね」と出てきました。

もちろん、信じてもらっても、もらわなくても、どちらでもいいんです。

ただ、うめさんに伝えるとともに、
クリーニングの機会をくださったうめさんに、心から感謝します。

ありがとうございます☆





  



疑問はメモリーの再生

私のコメントに対して、ももさんがコメントなさっているので、一応お返事いたします。

もうきりがないのでやめようかとも思ったのですが、黙っていれば「黙認」ということになってしまうのかなと思いますので。

私が「クリーニングに間違っているとか正しいとかいうことはない」と書いたことについて、「クリーニングの方法そのものには誤解や間違いがあるのでは」と書いておられますが、
そういうももさんの解釈・判断自体がメモリーの再生だと思います。

ももさんはクリーニングの対象が自分か相手かという問題にこだわっておられるようですが、結局のところ、相手の言動は自分のメモリーを再生して見せてくれているわけですから。

先のコメントにも書いたように、私達の意識には、何がどうなって出来事が起こっているのかわからないのですから、解釈や判断をしないで、ただ、瞬間瞬間クリーニングを選択していく、それがホ・オポノポノなのだと思います。

訂正します

さっき投稿した文の中で、

「そして、みなさまにクリー二ングチャンスをくださったことに感謝します」と書いたのですが、

これは、わたし自身にクリーニングの機会をありがとう。。ということで書きました。

ぽにょさんがチャンスを与えた・・という意味ではないので、ここで訂正します。

この訂正を書くという原因が、わたしの中にあることに気付かせてくれてありがとう。 

クリーニングの機会をありがとう。

ポニョ様へ、再び

繰り返しになりますが、先ほどは、大変お心のこもる返信を頂きまして、
ありがとうございました。
会ったことのない私に対して時間をかけてそのように向き合って頂き、本当に感謝致します。

人に何か伝える時には、まずマナーや礼儀というものがあり、
また次には事実や、または感じた事を正確に伝えられるスキルも必要なはずですが、
私にはその両方が欠けていたために、自分の思いとはかけ離れたメッセージが届いてしまいました。反省し、お詫び申し上げます。どうか無礼をお許し下さい。

そして、ぽにょ様から色々と問いかけて下さいましたので、順番に返答させて頂きます。

① 何が根拠でどの記事を読んで、
私が「他者(患者)さんの問題として救ってあげよう、というお考え」
を持っているとか、「この人にホ・オポノポノを教えてあげよう」
「ホ・オポノポノのメソッドで救ってあげよう」と思っている、
ということを感じたのでしょうか?

・・例えば、昨年7月に「うつ病とホ・オポノポノ」という記事を書かれています。以下の通り引用させて頂きました。
「うつ状態にもホ・オポノポノは効果があると、私は確信しています。
誤解しないで頂きたいのは、ホ・オポノポノにおける、責任の捉え方です。
~中略
あなたには、その問題に100%対応できるチカラがある。 あなたは、被害者ではない。
ということです。同時に、あなたのうつ病に関わった人全てに、
あなたのうつ病に対して対応出来るチカラがある。そう、捉えて頂きたいと思います。
良いことも大変なことも、あなたのDivinityからのギフトです。
~中略
「自分の人生を完全に引き受けること」から始まると、いえるかもしれません。
俯瞰した視点からいえば、生まれてきたこと自体が、 あなたという魂の「意思」の表れなのです。」

この記事の「あなた」とは・・・ぽにょ様にとっての他者として書かれているように感じました。それはぽにょ様がうつ病を「他者」(患者さん)の問題として認識されており、この記事を読んだ患者さんに向け、ホ・ホポノポノを伝えたいと思われているという事なのかな・・と感じましたが、読み違いでしたらすみません。 それから、そのほかにもぽにょ様は「人のお役に立ちたい・・という趣旨の言葉をよく使っておらるように思います。しかし人の問題は自分のメモリーだとしたら・・・と少し思いました。

②この言動は正直いって私には、ももさんが知識として披露したかっただけ
のように感じるのですが、違いますか?

・・・そのようにお感じになったとしたらすみません。 これは知識披露ではなくて私の感想のつもりでした。

③「新月の願い」の記事の頃から何人もの方が、
ももさんあてにメッセージを送っていましたが、どのように受け止めていましたか?
最近では、直接ももさんあてにもメッセージを送られている方もいます。
ご自身が指摘されている今の状況にておいて、その要因となっている
御自分のメモリーには気付かれますか?

・・・私宛にメッセージを頂けると思っていなかったので、とても感謝しています。わたしの切り口上なコメントにも共鳴されずに、とても冷静でかろやかなコメントをされている方もおられ、素敵な場所だと感じました。そして、前のコメントでも書いたとおり、すべて自分自身のメモリーなのでクリーニングしています。

④熱心にブログを追って下さっているようですが、
他の方の今までのコメントはご覧になっていますか?
そして、私がブログを立ち上げてから2年、どのような経緯を辿って
今のように読者の方々同士がコメントで交流するに至っているかなど、
そこに費やした時間と苦労と真意を想像し、御理解いただいているのでしょうか。

・・・そのようなご苦労がおありとは存じませんでした。本当に申し訳ありませんでした。
しかし、ブログにたどりついた者が、ブログ提供者の方の、それまでの大変な苦労を理解することを求められるのも、荷が重い気もします。 ただ、私のものの書き方がとても失礼だったため、このように感じられたと思います、すみませんでした。

⑤ですから、私を指摘するコメントを入れていた時点でももさんの中には、
私や他の読者の方々に対する感謝や敬意が薄かったのでは、と思います。
そしてそれは、はっきり言いますが、とても失礼なことです。

・・・本当にすみませんでした。とても礼を失していたと思います。お許し下さい。
しかし私自身はぽにょ様や他の読者の方への敬意は最初からもっています。。
ところで、読者にはマナーは必要ですが、提供者が読者に敬意を強要する事まではは少し頑なすぎませんか・・・

⑥感情的にあえて問いますが、精神科医だから、ブログの責任者だから、
間違いや誤解をすることは許されないのでしょうか?
間違いを書いて誤解を与えくらいならば、このブログをさっさと閉鎖することを
ももさんはご希望ですか?
自分の間違いを後になって気付き「今まで誤解していました、すみませんでした」と
自分の至らなさを認めてフィードバックしたとしても、
私が間違うことを、ももさんは受け入れられませんか?
正々堂々と記事で謝罪している人に対して、更にダメ出しをする必要ってありますか?
ももさんは一体、どれだけの実績を残されている方なのでしょうか?
ぜひ教えてもらえませんか?

・・・どのようなお立場であっても、人間の間違いをなくすことは不可能なので、許されない間違いはないと思います。しかし例えば、先のコメントでうめさんが「質問したのは精神科医だからです」と言われていますように、精神科医といいうお立場に絶大な信頼をよせて、質問されるということもあると思いますので、「間違っていました」という可能性があるのならば、方法にについては、はやり公式ホームページへの誘導などがあった方が良いのかな・・・と思いました。
ところで実績とは、何の実績ですか?
ホ・オポノポノの効果のことでしょうか?
また、このブログの継続をもちろん心から望んでいます。

⑦完璧主義で他者を批判するという記憶はありませんか?
それが良いとか悪いとか言っている訳ではなくて、
それらのメモリーが後ろで働いていることに、気付いていますか?
今回のももさんの言動の裏にある記憶…つまり、
「他人が築き上げてきたものに対する感謝と敬意が足りない」ことや、
「自分のことを棚に上げて、上から目線で他人を批判することで優越感に浸る
プライドの高い意識」は、特にネット上では頻繁に起こりやすい事です。
とても良く分かります。
その記憶が悪いとかももさんが悪いとかではなく、
気が付けばクリーニングが出来るのですから、
気付いているかどうか大切だと私は思うのです。
改めて問います、ももさんは気付いていらっしゃいますか?

・・・他者が築き上げてきた事に対する感謝と敬意が足りないとのとご指摘については、
それはメモリーの話の前に・・感謝や敬意は、他人に強要できない気がしますが・・
そして、ネット上では偶然の出会いが殆どなので、そういったご苦労の経緯は訪問者には伝わりにくいかもしれません。
その他、上から目線で・・・など色々ご指摘頂いてありがとうございます。
私自身はそういった顕在意識はなかったつもりですが、ぽにょ様にそういう感じが伝わったのでしたら、そうかもしれません、クリーニングの機会をありがとうございます。

⑧改めて、ももさんのコメントに対してだけは謝るつもりは1ミリもありません。
 
わたしに謝って頂きたいと思ったことはありませんが。。。
ただ、色々感想を言い合って、一緒にクリーニングしたかったはずなのですが、
ぽにょ様とみなさんに不快なメッセージが届いてしまったことを本当に後悔しています。

最後に、ぽにょ様、ありがとうございます。
心から感謝申し上げます。 またこれからも訪問させて下さい。
ブログを応援させて下さい。

うめ様、後ろになってすみませんが、あたたかいコメントありがとうございました。
また是非一緒にクリーニングをさせて下さい。

ゆう様

ゆう様、なんだか禅問答みたいになってしまいましたね・・笑

特にクリーニングの対象が相手か、自分かというのはこだわりではなくて単に例えです。

そしてゆう様のコメントに異を唱えたように感じられたのでしたら、私の書き方のミスです、
ゆう様のシェアを感謝しています。

愛しています。
ありがとうございます。

うめさんへ

今回のぽにょさんの記事、それに対してのみなさんのコメントを拝読し
自分の解釈が正しいのか混乱していました。

でもゆうさんがシェアして下さった内容で安心できました。
『Just do it!』ですよね。
ゆうさん、ありがとうございました!!

うめさん、ヒューレン博士の本を読まれているとの事ですが、その後いかがですか?
以前のコメントでウニヒピリについてイメージができないとのことでしたが、私もそうでした。
と言うより私は大きな勘違いから始まりました。

私とホ・オポノポノの出会いはヒューレン博士の
『みんなが幸せになるホ・オポノポノ』という本でした。
ホ・オポノポノを実践していくと決めたのですが
ウニヒピリの部分がよくわからなくて難しく感じていました。
イメージも、自分が描くイメージがウニヒピリの正しい姿なのか確かめようもないですし・・・
そして『難しく感じる』というのは
本では『ウニヒピリに聞いてみる』とか
例えば『建物や植物に聞いてみたら~~と言うから』とか
会話がやたら出て来ます。

本の通りにウニヒピリのケアを試みても
語りかけても質問しても私の場合は全くの無反応・・・
無反応が続くばかりで、ウニヒピリの存在を感じる事ができず
正しくできてないのかな?とちょっと不安になってきました。

でもそこで気付いたんです。
メモリーを再生してくれているのがウニヒピリじゃんって。
会話にばかり気をとられていて、わからなくなってしまっていました。
当初ホ・オポノポノを理解したつもりでいましたが
とても大切なウニヒピリのケアの部分をかなり間違って捉えていました。

ケアをしても『会話できないからつまんない』くらいのことを思ったりもしました。
すごい誤解です。お恥ずかしい・・・

それからは疑問に思ったり、不安になったら何度も本を読み返しました。

その頃、失恋したんです。
始めは失恋の辛さで泣きながらのクリーニングでした。
クリーニングしてもしても、色々な感情がしつこく沸き起こり
『こんなに重いメモリーを抱えていたんだね。今まで放っておいてごめんなさい。
見せてくれてありがとう。一緒に手放そう。』
と初めてウニヒピリに心から感謝しながらクリーニング出来ました。

それまでのウニヒピリに対する私の語りかけは
その存在をいまいち実感できていなかったからか
ちょっと義務的な、言わされてる感と言うか
本心からの自分の言葉ではなかったと思います。

クリーニングを続けていたら
ウニヒピリに対する感謝の気持ちと
今までごめんなさいと言う気持ちで泣いていました。

涙の意味が変わった事に気付いた頃、失恋の傷みが癒されたのか?
彼に対して、失恋に対してのネガティブな感情がすっかりなくなって感謝の気持ちに変わっていました。

私はそれまでの恋愛で破局をむかえると
別れた相手の不幸をずっと願うような
じっとりとした感情を引きずるタイプでした。

失恋からのたった数日で相手に対して感謝できるなんて・・・
自分の変化に驚きました。

その失恋はとても辛い経験でしたが
ウニヒピリの存在を心から感じる事が出来た
とても素晴らしい経験となりました。

うまく伝えられるか・・・
今うめさんがとても辛い状況なら
それは今そのメモリーを手放せるチャンスだと思うから
今、とてもラッキーなんだと思います。

ヒューレン博士とKR女史の『ウニヒピリ』という本、とってもとってもお勧めです。

長くなってしまいました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ぽにょさん、この素晴らしい場をありがとうございます。
いつも感謝しています。
今回、また本を読み返す事が出来ました。
多くのクリーニングのチャンスをありがとうございました。

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midoriさんへ

ありがとうございます。

自分が買ってきた本は2冊。
みんなが幸せになる…と、豊かに成功する…です。
本屋(と言ってもブックオフですが)に行ったら、棚にちょうど仲良く並んでいました。

それがまるで、自分を待っていてくれたかのように見えたので、迷うことなく購入しました。

今、読んでる真っ最中です。

今度は、オススメしてくれた「ウニヒピリ」を購入します。

失恋という貴重な体験を通し、自分にわかりやすく話してくれたことに感謝します。

読んでて、なんだか、涙がこぼれてきました。

自分は男なのですが、その昔、結婚まで考えてた彼女に好きな人が出来て、ふられたことがあります。

そんな、大好きだった彼女の顔が、ふと、胸をよぎりました。

そんな話しはどうでもいいですね。(笑)

midoriさんが教えてくれたことは、これから読す進めてく中で、とても手助けになると思います。

本当にありがとうございました。

うめさんへ

こちらこそなんだかありがとうございます。

うめさんのお返事で
ブックオフに仲良く並んでいたその2冊は
絶対うめさんをそこで待ってたんじゃないかなって感じました。

思い出した昔の彼女のことも、そんな話どうでもよくないですよ!!
クリーニングできるチャンスですね!!

私もこの失恋で過去の恋愛でのいろんな感情を思い出すままにクリーニングできました。

ひどい事をしてしまった相手に
走っていって『あの時は本当にごめんなさい』と謝れるものなら謝りたいです(笑)

お役にたてたようでとても嬉しいです。
ありがとうございます。




みなさんへ

ももさん、お返事ありがとうございました。
そして皆さん、またたくさんのコメントを寄せて頂いていて、
本当にありがとうございます。

今夜中に新たな記事を上げようと思って準備していましたが、
コメント欄の流れが活発なのでこの流れに沿いたいと思い、
アップしようと思っていた記事は、一旦延期したいと思います。
内容についてもまた、変わってくる気がしています。
このままどうぞ、皆さんのお気持ちをお寄せ下さいね。

いま、私を含めてここに集って下さる皆さんにとって、
とてもたくさんの、クリーニングと学びの機会になっていることを感じます。
この機会を皆さんと共に持てたことに感謝します。
大切に、そして淡々と、「わたしの平和」に向かって
クリーニングしていきましょう。

みなさん、本当にありがとうございます。

ぽにょさん、うめです。

夜遅くまでお疲れ様です。
ぽにょさんは少しももさんのことを気にし過ぎのような気がします。

偉そうに聞こえたら、ごめんなさい。

ブログの更新を楽しみにしていましたが、ぽにょさんが決められたことなので、それはそれでいいのだと思います。

自分の問いかけた質問が、事の発端となり、ぽにょさんを疲れさせてしまったのではないかと、申し訳なく思っています。

精神科医のお仕事は、神経を擦り減らす大変なお仕事だと思います。

どうか、お体を大切になさって下さい。

これからも楽しみにしています。

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わかりました…

ぽにょ先生

わかりました…
ぽにょ先生の感じてること、降りてきたインスピレーションがそれならば、そした方がいいですよね

またタイミングがやってきますよね

私もクリーニングしますね

みんなが繋がってるなら、 クリーニングするうちに

穏やかに解決していくはず

ぽにょ先生、ゆっくりおやすみなさい

みなさん、ゆっくりおやすみなさい

ぽにょさん、みなさん、こんにちわ。

ホ・オポノポノについて、私は皆さんのようにきちんと本を読んだり学んだりしたわけではないので、たぶん自己流の解釈をしていると思います。

でも、それでいいんじゃないかと思うのです。

皆同じやり方をしなくてはいけない、ということはないんじゃないかと思うのです。
「みんな違って、みんな好い」「和して同ぜず」って感じです。

たぶんヒューレン博士なども分かりやすいようにメソッドを示していると思いますが、それは、体系づけるためであって、それを「守ってください」とは言っていないのではないでしょうか。
著作を読んだわけではないのですが、ホ・オポノポノの元々の伝統的な方法を考えたときに私はそう感じます。

標準メソッドを知った上で、誰か他の方のやり方を参考にしたりして、自分なりにアレンジしても良いと思うのですが、いかがでしょうか?

今回のぽにょさんの記事やみなさんの率直なコメントのやり取りを通して、私自身いろいろと考える機会を頂いたことをとても感謝しています。

ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。

ネガティブを愛す(^^♪

自分の中の未解決な感情や
未解決なカルマや
未解決な記憶のDNAが…
陽の目を浴びて、認められたくて、浄化してクリアされるために

人とのふれ愛の中で「反応」しながら顔を出してくるんですね。

だから、そこにいてくれてありがとうと、出会う人に
反応したくなる出来事に感謝ですね。

相手に感じる気持ちは、自分の中の隠し持っていた自分の姿。
相手に感じるのは、人に伝えたい言葉は、みんな
自分自身の姿、自分自身へのメッセージですね。

ぽにょさん(^^♪
良かったですね。

私もしっかり、ぽにょさんから、みなさんから
自分の隠し持っていた姿を知りクリーニングさせて頂きました。

おかげさまです。

うめさん、そして皆さんへ

うめさんへ

こんばんは、ぽにょです^^
コメントへのお返事がこんなに遅くなってしまい、ごめんなさい。
そして、温かいお心遣いありがとうございました。
うめさんのお気持ち、私にしっかり伝わってきました。

まずお伝えしたいのは、うめさんのご質問によって
コメント欄が荒れてしまったと責任を感じさせてしまったこと、
ごめんなさい。
でも、うめさんの責任では、ないんです!
出来るだけ正確にいえば、誰のせいでもないと同時に、
この件に関わったすべての人が「責任者」なんです。
とはいってもやはり、ブログ責任者の私の要因が一番大きいのです。
(その辺りについての記事は準備中です。)
ですので、お互いクリーニングしましょう^^


> あの時、自分はまるで、診察室の椅子に座り、拝見したこともない、
> お会いしたこともない、ぽにょさんを心に浮かべ、
> 目の前にいる先生に質問しているような感じだったのです。

こう言って頂けることは、メッセージの発信者としてとても嬉しいです。
不思議なんですが、私は時折こういう印象を持たれるようです。
メールや電話などを通してなのに、非言語的な超音波を発しているようだとか
言われるのです…何でしょうね。笑

ところでうめさん、ホ・オポノポノの本を手にいれられたのですね!
素敵です。
あと、この件で思いだされた女性のこと、
大切に大切にクリーニングされてくださいね。
私もmidoriさんと同様の体験があって、大失恋の後に、
ホ・オポノポノにとってても救われたんですよ。

うめさんのご病気が、少しでもクリーニングされますように。
もしクリーニングがお役に立って、そして機会がありましたら、
主治医の先生にも御紹介してみて下さいね。



そして皆さんへ

こういう流れになったのも全て、意味があることだと思っています。
コメント欄が荒れたように見えますが、これは“記憶”が表出したに過ぎず、
皆さんが色んな意見を出して思いを率直に語り合ったことで、
ここに集う方々がそれぞれとても色々なことを感じる機会になっている、
そう思うんですね。
そしていま、皆さんがそれぞれ、ご自分に再生されるメモリーを
クリーニングして下さっているように感じています。

一見ネガティブな出来事の中にも、素晴らしい宝物が詰まっています。
(年末くらいから集中して書き始めており、今後も更に深めていく予定です)
そして私も今回の事から、今ものすごーく沢山のことを学んでいて、
本当に、宝箱のようです^^
今回のことから学んだことはまた順に記事で上げていくので、
待っていて下さいね。

私が師と仰ぐ方から以前教えて頂いたことなんですが、
失敗した時、つまずいて転んだ時こそ、すぐに起きないことが大切です。
 
 どうして転んだのか?
 どうして失敗したのか?

よーくよーく味わって吸収して検証して、そこから十分に学び、
ちゃんとフィードバックすること。
それが、ネガティブからしっかり学ぶコツである、と…。
だから私はいま、じっくりじっくりクリーニングしています。
そして、皆さんのクリーニングのお陰でしょうか、
だいぶ心が静かに穏やかになってきました^^
みなさんはいかがですか?


…では、ゆっくりと英気を養ってまた登場しますので、
また宜しくお願い致します。

今日も寒かったですが、明日くらいで峠を越しそうですね。
みなさま、お身体御自愛下さいね。

本当にありがとうございました。

台風去って

もも様、皆様へ

あえてコメント致しますが、一般常識的な「マナーや礼儀」に気づかなかったが故に、無意識のうちに混乱を巻き起こしたように見えるももさんの指摘、主張は私には多くの疑問がありますが、いくつかコメントしてみましょう。

~引用
「それから、ぽにょ先生のところを訪れる患者さんの問題は、患者さんの問題ではなく、ポニョ先生ご自身の苦悩を見せに来てくれているのではないでしょうか。
他者(患者)さんの問題として救ってあげよう、というお考えは先生のウニヒピリをますます苦しめると思います。
その患者さんの症状は、先生自身のこととしてクリーニングされるのがまず先で、「この人にホ・オポノポノを教えてあげよう」とか「ホ・オポノポノのメソッドで救ってあげよう」というのは実は先生のウニヒピリへの虐待になってしまうのではないかと感じています。」

1、想像力
確かにぽにょ先生がご自身のクリーニングを抜きにして「この人にホ・オポノポノを教えてあげよう」、「ホ・オポノポノのメソッドで救ってあげよう」と、そのことが目的となっているならば、ももさんの指摘は正しいでしょう。しかしどう考えても、ぽにょ先生がご自身のクリーニングなしに患者さんと対面されるとは、一般的には考えられません。そこにももさんの想像力の足りなさ、強く言えば貧困さがあると思うのですが、私は間違っているでしょうか?。

2、教えてはいけないのですか?
ホ・オポノポノの存在について知っている人は少ないと思います。日本で知られてまだ3年くらいでしょう。
多くの人がぽにょ先生のブログでホ・オポノポノについて学んでいます。私も多くのことを教えられました。
知識とともに、生き方としてでもです。
ぽにょ先生は体をはってホ・オポノポノを生き、結果的には教えているということになると思いますが、教えることはいけないことなんですか?むしろ大切なことではありませんか?
3、「『間違っていました』という可能性があるならば、方法については、公式ホームページへの誘導などがあった方が良いのかな・・・」
とありますが、講習会参加者に求められている公式HPの「誰の責任か」と、また求められていない他の記事等は、初心者にとっては必ずしも理解しやすいものではなく、むしろ難解と言った方がいいでしょう。それに質問に答えてもくれません。また必要な人は自然にそこを訪れるでしょう。ももさんは公式HPとか、公式認定トレーナーとか言いますが、(本部?はベイシック1しか提供していないと思いますが)公式という「権威」にすがっているのではありませんか?

4、「ブログ提供者の方の、それまでの大変な苦労を理解することを求められるのも、荷が重い気もします」。
確かに気軽ににブログ読んでいいと思います。しかしそのブログ責任者の記事を否定的に指摘し、批評するのであれば、それなりの責任と覚悟が求められるでしょう。
ブログを維持、継続する責任者の身になって考えれば、ももさんはブログ責任者のぽにょさんにどんなに大きな精神的、肉体的負担、労苦を負わせたか、お気づきでしょうか。

 今回の出来事は、それなりに必要、あるいは必然があって起こったことでしょう。そこから、何かを学びたいとおもいます。

Thank you.





読書感想文

少し、長いコメントになると思います。

先日、購入した2冊の本を読み終わりました。

今、かなりのショックを受けています。

精神世界では、起きてくる現象は、全て自分に責任があると説いています。
まさしく、自分の思いや波動といったものが、それぞれの現実を創りだしているというわけです。

でも、それは、あくまでも、すごく身辺なことで…う~ん、上手く書けないなぁ。

例えば、お金が入ってこないのは、自分の心の中に、豊かさがないからだとか。
人間関係で言うならば、かみさんがイライラしてるのは、実は自分がイライラしてるからだとか。

そう言ったことだと思ってたんです。

いやいや…まさか…

刑務所にいる囚人や、一見、無機質に見える建物にまで、自分に責任があるだなんて。

そこまでは、思っていなかった(笑)

書店で並べられている本は一様に、同じ文句が並びがちです。

ポシティブになろう。
前向きな感情は、明るい明日を作る…といった、類いのものです。

だから、自分はオプティミストにならなきゃあ。

ネガティブはダメなんだと思うわけです。

でも、どんなに前向きに考えたって、本当のところは、自分の中に、そのネガティブな感情を閉じ込めただけのことで、それは、まさしく、臭いものには蓋をしろ…的な、発想ではないかと。

だから、そこのところを
4つの言葉で、クリーニングしようねと、そして、ちゃんと、源と言うか、光と言えばいいのか、還してあげようねって、それが、オポノポノの基本かなと感じました。

日本風に言うと、「受け入れて」、「手放す」って感じです。

何か、禅の言うところの「空」に、似ているかなとも思いました。

以上が2冊の本を読んだ、私の感想です。

ともあれ、実践あるのみ
です。
「JUST DO IT!」で行きます。

最後になりましたが、ぽにょ先生、返信、ありがとうございました。
素直に嬉しかったです。

そして最後まで、読んで下さった皆さん、ありがとうございます。

ここに集う人達が皆、愛おしく思います。

ありがとう。
感謝です。

ももさん

私の問いかけにきちんと真正面からお答えいただいているのに、お返事が遅れてすみませんでした。
この週末はゆっくりネットに向かう時間がありませんでした。が、ずっとももさんのことを考えていました。あの時は自分の気持ちをそのまま正直に書こうと思い、あえてきつめの文章にしました。揶揄するような表現も使いましたが、あれから、感情的になって書きすきだったかなあとかプチ自己嫌悪にも陥ってました。とんな風に受けられているだろうとの恐怖や自己卑下もありました。もちろんクリーニングもしてましたが、なかなかゼロにはなりませんでした。。。
でも、今日になって、そのあとのももさんの返事や他の方々とかぽにょさんのやりとりを読んで、やっぱり書いてよかったんだと感じました。
ももさんの、ホ・オポノポノに対する思いはまっすぐで純粋なんだなあとも思い、なんだか嬉しくなりました。ももさんに出会えてよかったです。ありがとうございます。

  • [2011/02/13 12:55]
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ほのぼの様

コメントを頂きまして、ありがとうございます。
以下ご質問を引用しながら、お返事をさせていただきます。

1、想像力
確かにぽにょ先生がご自身のクリーニングを抜きにして「この人にホ・オポノポノを教えてあげよう」、「ホ・オポノポノのメソッドで救ってあげよう」と、そのことが目的となっているならば、ももさんの指摘は正しいでしょう。しかしどう考えても、ぽにょ先生がご自身のクリーニングなしに患者さんと対面されるとは、一般的には考えられません。そこにももさんの想像力の足りなさ、強く言えば貧困さがあると思うのですが、私は間違っているでしょうか?。

「1,想像力・・・」と書かれていますので、これはご質問というより、「あなたは礼儀を知らないだけではなく、想像力の足りない、貧困な人間だ」という怒りのメッセージ、のように見えました。私自身がそのような情報=記憶をもっているので、このようなコメントを頂いたのだと思いました。クリーニングの機会を頂きましてありがとうございます。

2、教えてはいけないのですか?

私がぽにょさんに「人にホ・オポノポノの情報を教えるな」と書いたも同然と感じられたのかと思います。 でも私は当初からそのような事を考えて書いたのではありません。
しかし、自分から誤解を招き入れてしまいましたので、これからもクリーニングしながら許されれば少しづつ分かって頂けるように言葉をつないでいきたいと思います。

3、「『間違っていました』という可能性があるならば、方法については、公式ホームページへの誘導などがあった方が良いのかな・・・」
とありますが、講習会参加者に求められている公式HPの「誰の責任か」と、また求められていない他の記事等は、初心者にとっては必ずしも理解しやすいものではなく、むしろ難解と言った方がいいでしょう。それに質問に答えてもくれません。また必要な人は自然にそこを訪れるでしょう。ももさんは公式HPとか、公式認定トレーナーとか言いますが、(本部?はベイシック1しか提供していないと思いますが)公式という「権威」にすがっているのではありませんか?

逆にいえば、もしくは言い換えれば、ほのぼのさんは、「IZLLCのアジアサイト(公式HP)や、認定トレーナーは権威である」とお考えなのですね。
また、「そのような権威よりも理解しやすく、また質問に答えて下さるぽにょさんからホ・オポノポノを学ぼうと考えている」とお考えなのですよね。
私は全く違う考えを持っていますが、今ほのぼのさんとは思いがかなりかけ離れている気がしますので、ここで私の考えを長々読んで頂くのはやめておきますね。 しかしどのようなアプローチであれ、ほのぼのさんと一緒にクリーニングできるチャンスに感謝申し上げます。

4、「ブログ提供者の方の、それまでの大変な苦労を理解することを求められるのも、荷が重い気もします」。
確かに気軽ににブログ読んでいいと思います。しかしそのブログ責任者の記事を否定的に指摘し、批評するのであれば、それなりの責任と覚悟が求められるでしょう。
ブログを維持、継続する責任者の身になって考えれば、ももさんはブログ責任者のぽにょさんにどんなに大きな精神的、肉体的負担、労苦を負わせたか、お気づきでしょうか。

ほのぼのさんは、何故ぽにょさんに代わって私に怒っておられるのですか?
ぽにょさんが大きな精神的、肉体的苦労を負わせられた、と決めつけるのもまた、ぽにょさんに対して敬意を欠いていらっしゃいませんか?

ほのぼのさん、お互い、記憶をクリーニングするために出会ったと思います。
どうぞこれからも一緒にクリーニングをしていきましょう。
このような機会を頂き、ありがとうございます。
愛しています。

さいころ様

再びメッセージを頂きまして、本当に嬉しいです。
ありがとうございます。

やりとりの最初からさいころさんの文章に何かとても真摯で清々しいものを感じていました。

どうぞこれからもよろしくお願いします。

こちらこそ、このご縁に心から感謝しております。

ありがとうございます。

うめ様

素晴らしいですね!

本から、メッセージの神髄をもう、つかまれたのですね。

また気づかれた事など色々教えて頂けると嬉しいです。

もっておられるその本は、全てクリーニングされているので、持っているだけでもクリーニングツールになるそうですよ。

「豊かに・・・」は、頁の四隅に四つの言葉が書いてあるので、
読んでいるだけで、癒され眠くなったり、色々不思議な体験をされている方もいらっしゃるようです。

日々のクリーニング、ありがとうございます。

ももさん、こんばんは。
コメント、ありがとうございます。

豊かに成功する…を、読んでた時、ももさんが最初に教えてくれたところがあって、あ~、ももさん、ここのところを教えてくれたんだなと思ったら、やっぱり、ももさんの気持ちに泣けてきました。

本を読みながら、みいちゃんのサイトも大変参考になりました。

今、midoriさんが勧めてくれた、「ウニヒピリ」を購入してきたところです。

本当に皆さんに感謝です。

ももさん、これからもよろしくね!

事実確認

もも様
ごめんなさいね、すこし言葉が強かったようです。
私はももさんを「想像力の足りない、貧困な人間だ」とは少しも思っていません。すべての人と同様に「完璧な人間」であると同時に、すべての人と同様に「記憶」に捕らわれることもある人間だと思っています。
ももさんはきっと若い方でしょう。だから「老婆心」ならぬ「老爺心」(まだ孫はいませんので、お爺さん、と呼ばれるには抵抗がありますが)から言っているつもりです。若い人に立派なホ・オポノポノの伝達者になって欲しいと願っています。
また、「怒」ってもいません。ただ正しいこと、事実を知りたいと思っています。「在る」ことを「ない」、あるいは「ない」ことを「在る」と認識することは世間では通用しませんし、無理に通用させれば悲劇が起こります。

さて、ももさんは
1、ぽにょ先生が患者さんと対面される時、患者さんは「ぽにょ先生の苦悩を見せに来てくれている」のではなく、ぽにょ先生自身の問題ではなく、「他者(患者)さんの問題」としてぽにょ先生は「考え」ている、と言っているように思います。わたしはそこがまだ十分に理解できないのですが、その根拠、事実はどこにあるのか教えてください。
2、また「患者さんの症状は、先生自身のこととしてクリーニングされるのがまず先で」と言うことは、ぽにょ先生は患者さんにお会いする前にはクリーニングしないということですが、それは本当でしょうか。その根拠、事実はどこから来ていますかを教えてください。
1、2はホ・オポノポノにとって、とても大事なことだとおもいます。
もしかしたら、私の解釈、認識が間違っているかもしれません。もしそうなら、是非教えてください。

私は自分の潜在意識に言います。
I'm sorry.(ごめんなさい。私はあなたに謝ります)
Please forgive me.(どうか、わたしを許して下さい
Thank you.(あなたに感謝します)
I love you.(私はあなたを愛しています)

ほのぼの様

ほのぼの様、そのような人生の先輩でいらっしゃったとは知らず、本当に失礼致しました。
またあらためて返信させて下さい。
お返事ありがとうございました。
では、のちほど・・・・

ほのぼの様、 再び

先ほどは失礼致しました。
怒っていらっしゃらなくて、良かったです☆

ご質問を頂いていた件ですが、以下引用させて頂きながら、お返事させていただきます。

1、ぽにょ先生が患者さんと対面される時、患者さんは「ぽにょ先生の苦悩を見せに来てくれている」のではなく、ぽにょ先生自身の問題ではなく、「他者(患者)さんの問題」としてぽにょ先生は「考え」ている、と言っているように思います。わたしはそこがまだ十分に理解できないのですが、その根拠、事実はどこにあるのか教えてください。

根拠は、一つは(ぽにょさんの質問に対する返信で引用させて頂いた記事です。
その記事では「あなた」と他者(患者さん)に向けてホ・オポノポノの効果を発信しておられているように受け取れましたので
、ぽにょさんにとっては、実は患者さんは「問題をかかえているあなた、という「他者」なんだな、という私の「解釈」です。

ですから、解釈の中に客観的な「事実」は存在できないので、
私の間違いです。事実(あるいは真実)は、ぽにょさんが回答されている通りなのだと今思っています。

2、また「患者さんの症状は、先生自身のこととしてクリーニングされるのがまず先で」と言うことは、ぽにょ先生は患者さんにお会いする前にはクリーニングしないということですが、それは本当でしょうか。その根拠、事実はどこから来ていますかを教えてください

前提となる①の解釈を私が間違えているので根拠も事実もありません。

ただ、「先に」というのは患者さんに会う前という、時間的な先ではなく、
まずクリーニングの本質的な優先順位のことです。

ほのぼのさん、色々コメント下さって勉強になりました。

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

ありがとうございます。
愛しています。

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