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ホ・オポノポノと宗教 

今日は大寒ですね。
大寒だけあって、とっても寒い~。

今日は、私にとって特別な日なんです。
実は2年前の今日、私はホ・オポノポノと出逢ったのです!
  

ハワイに伝わる癒しの秘法 みんなが幸せになるホ・オポノポノ 神聖なる知能が導く、心の平和のための苦悩の手放し方ハワイに伝わる癒しの秘法 みんなが幸せになるホ・オポノポノ 神聖なる知能が導く、心の平和のための苦悩の手放し方
(2008/09/30)
イハレアカラ・ヒューレン

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今日は記念日なので、ちょっと重いテーマをじっくり考えてみたいと思います。
どうぞお付き合い下さいね。

皆さんご存知の通り、ホ・オポノポノはハワイに400年も伝統的に伝わる問題解決法で、
カフナと呼ばれるいわゆるシャーマン達の秘法でした。
こう聞くと一見、ホ・オポノポノをとても宗教的に感じる方も多いのではないでしょうか。
そう今日は、ホ・オポノポノと宗教について考えてみたいと思います。

現在のSITHは、ヒュ-レン博士の師匠でハワイ人間州宝だった
モナ・ナラマク・シメオナ氏が、神聖なる存在からのインスピレーションを得て
作り出したものです。
しかし、彼女がやっていたのは伝統的なホ・オポノポノではなかったため、
当時は他のハワイアンから疎まれてもいたそうなんです。
新しいことをやる時には、こういう段階を乗り越えなくてはいけないのですね。


  ~「みんなが幸せになるホ・オポノポノ」23Pより引用 ここから~

  ハワイの人たちが大勢いるところにモナと行ったことがありますが、
  彼女が部屋に入っていったらみんな離れていきました。
  尊敬されているからかなと思ったらそうではなく、モナが伝統的なホ・オポノポノを
  教えていなかったので敬遠されていたのです。

  ~引用ここまで~


彼女が果たした偉業とは、伝統的なホ・オポノポノから『宗教の記憶
というものを一枚脱ぎ去り、より宇宙の真理に近い形へと
ブラッシュアップしたことにあるように私は思います。
ホ・オポノポノから宗教カルマを脱ぎ去った』とも言えるのではないでしょうか。
ですから今、あらゆる国、あらゆる文化的背景の人々に、
広く受け入れられるのだと思います。
SITHには、人類が様々な形で探求し表現してきた真理のエッセンスが
きわめてシンプルな形で凝縮されているのです。
以下は、SITHをモナが創った時のエピソードです。


  ~「みんなが幸せになるホ・オポノポノ」23Pより引用 ここから~

  私はモナに、そもそもセルフアイデンティティ・ホ・オポノポノをなぜ始めたのか、
  聞いたみたことがあります。
  モナは、神聖なる知能と直接話して、こんな方法があるんだと
  教えてもらったと言いました。神聖なる知能が
  「私のやり方と宗教的な方法と、どっちでやりたいのか」とモナに問うたというのです。
  いま伝統的と言われているハワイのホ・オポノポノでは、最後に
  「イエスの御名において」と言って儀式が終わります。
  伝統的と言いながら、カソリックに取り込まれているのです。

  ~引用ここまで~


もし、自分の外側に神を見ながら許しと救いを求めることが宗教だとしたら、
SITHは人間ひとりひとりの内側に神をみる行為といえます。
本当は、全ての答えが私たちひとりひとりの中にあるのですから、
今までの宗教的な概念からは一皮むけるという、
新しい時代が到来しているのかもしれません。

さて皆さんは、宗教という響きに対してどんな感情を抱くでしょうか?
ポジティブかネガティブかといえば恐らく…、
ネガティブなイメージが沸く方が多いように思います。
オウム真理教の事件や、新興宗教における様々な問題など、
私たちの耳に入ってくる宗教の情報には、
ネガティブな話題がとても多いですよね。

それに、一体どれだけの人類が歴史上、宗教に苦しめられ、
神の名のもとに戦いを繰り返してきたことでしょう。
一体どれだけの人類が、神の名をふりかざして、
権力や名声や栄誉を思うがままにしてきたことでしょう。
またその背景で、どれだけの人が抑圧され虐げられてきたのでしょうか。
そのことに想いを馳せると、なんともやりきれない気持ちになります。

今でこそ平和な日本ですが、たった今にも、宗教や文化や人種の違いによる争いで、
小さな子どもを始めたくさんの人達が命を落としている、地球上の人類…。
  廃墟

  渡辺陽一さん
  (みなさんご存知、戦場カメラマンの渡辺さん。)


「宗教なんてなければいいのに。日本は無宗教の人が多いけれど、こんなに平和だもの。」
と思う方もいるかもしれません。
確かに今の日本には、宗教や人種の違いによる戦争はありません。
でも、私たちはここで考えを止めてはいけないと思うのです
これでは、宗教の持つネガティブな側面を排除したに過ぎないからです。
しかも、この結論で終わることはとても怖いことであり、
逆に新たな歪みが生じてしまう可能性すらあります。
「宗教は悪い、怖いものだ」という間違ったメモリーを創り出してしまうのです。

NLPの前提である、「どんなことにも肯定的な意図がある」と考え、
宗教の肯定的な意図に思いを馳せた時、私たちは多くの事に気付く事が出来ます。

考えてみてください。
人類は歴史上、どんなに宗教に救われ、どれだけの恩恵を受けてきたでしょうか。
 
  あなたは苦しいとき悲しいとき、神様仏様に祈ったことは一度もありませんか?
  そしてほんのひと時でも、心が楽になったように感じたことはありませんか?
  お正月に初詣に行き、気持ちが清々しくなったことはありませんか?
  クリスマス頃の街の華やかさに心躍った事はありませんか?
  キリストが人類に示した究極の愛の形に感嘆し、尊敬を覚えたことはありませんか?
  荘厳な教会でのミサに参加して自分のなかの神聖さに触れ、
  穏やかな気持ちになれた事はありませんか?

これらは全て、宗教が私にたちにもたらしてくれた恩恵といえると私は思います。
宗教そのものは否定すべきものでも何でもなく、
人間が神の存在をさまざまな形で表現したものに過ぎないのです。
細かく見ていったとき、問題視すべき事は「宗教そのもの」ではなく、
宗教の中に潜む、人間たちの記憶、なのではないでしょうか。


人はまず、鏡を見て自分の姿を知っていきます。
と同じように、自分の外側に神を見出だすことで初めて、
自分の内側にある神聖に気が付くことが出来る。
これは進化の順序としては、きわめて順当だと思います。
つまり私たちはいま、人類として更なる大きな成長の時期を
体験していると言えるのではないでしょうか。

ところで、ヒュー・レン博士は何十年も前からホ・オポノポノの普及活動をしてきたのに、
なぜいま日本で受け入れられているのかと、
不思議に感じる方はいませんか?
でもたぶん、今の時代だからこそ、日本人の心に響いたのではないでしょうか。

私は、人間の成長には、タイミングがあるものだと思います。
例えば5年前の私であれば、ホ・オポノポノを知ったとしても、
その素晴らしさをここまで理解することは到底出来ませんでした。
2年前の私だったからこそ、深く感動出来たのです。
2年前の私は、深い暗闇の中にいました。
辺りを見渡しても四方八方、不安と暗闇に包まれていたのです。
真っ暗闇の中から光を求めていた、そんな時だったからこそ、
私はホ・オポノポノの素晴らしさに触れることが出来た。
直観として「これが真実だ」と感じることが出来たのです。

ネガティブを愛する生き方 光と闇の法則ネガティブを愛する生き方 光と闇の法則
(2009/03/25)
伊藤 美海

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  ~「ネガティブを愛する生き方」61Pより引用 ここから~

  闇のなかでこそ、神の真の愛に触れることが出来る。
  どんなに深い闇の中にあっても、あなたに寄り添うように存在する
  神の意識に触れた時、あなたは目を覚ます。

  ~引用ここまで~


全てのものが、ポジティブな面とネガティブな面の両方を含んでいますが、
宗教とは人類最大の記憶貯蔵庫かもしれません。
宗教が必要な時代から、宗教という表現の中に潜む
真理だけを取り出して洗練させていくこと。
それこそが、今の時代に求められているものかもしれません。

でも、宗教をクリーニング!なんて思うと、とーっても大変な大掃除が必要な気がして
気が遠くなりますね…。
でも私は、キリスト教系の学校を通過してきたという背景があるためか、
宗教のクリーニングに対して、強い責任を感じているんですよ。

宗教に潜むメモリーには、社会の集団意識のなかに脈々と受け継がれてきた、
人類の重い重いメモリーが集約されているように感じます。
集団意識とは、かつて日本人が戦争を引き起こした意識であり、
キリストを十字架に掛けた意識ともいえます。

とても深く重い作業ではありますが、私に出来ることから
皆さんと考えていきたいと思っています。

今日はとても大切な日なので頑張って、宗教とホ・オポノポノについて考えてみました!
長文を読んで頂きまして、どうもありがとうございました^^
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ぽにょ先生

先生のブログをいつも拝読して、ホオポノポノを実践中のものです。
今回のブログを拝読して自分の中で感じたことがありました。
宗教性について私は昔からどことなく「私は無宗教だから・・・」という感じでマイナス、もしくはプラスに思うことも曖昧にして避けて生きてきたと思います。なんだかモヤモヤしている部分もあるけど、そうすることが無難でいいんだとしておりました。でも、先生の文面を読んで何がマイナスで何がプラスに感じていることなのかとすごく心の中で仕分けされて、ずっしり先生の文面が自分の中に入ってきたように思います。うまく表現できませんが、先生、ありがとうございます。

それと、きっと私の中に宗教性以外のことも含め、今までたくさん見て見ぬふりをして、「自分には関係ない、今、私は忙しいの、それどころじゃないの」とつっぱねていたものと向き合う時期が来たなと感じています。ホオポノポノを本格的に実践をし始めて3カ月が経ちました。だんだん深まるようにになり、確かに無意識にやっていた自分の甘えた心のスタンスも責任を持つという方向に切り替えようとし始め、自分の中も自分の外も変化していっています。
次はこういった自分の中で目を伏せていた部分にクリーニングをしなさいという、インスピレーションなんだと思います。

私もホオポノポノを知ったのはだいたい2年前です。しかし、その時の私は引き寄せの法則に夢中で、ホオポノポノの段階ではありませんでした。本当に引き寄せたこともありましたから(ハワイに行きたいと思って、毎晩イメージトレーニングでハワイの風を感じるなどやったりして同じ年に費用が余りかからず2回ハワイに行けました。引き寄せた!と当時はちょっと周りに自慢していました)ホオポノポノに深く感心を抱けなかったんです。引き寄せの方がお得ジャン!という感じでした。しかし、歪んでいるものを正すということしない限りいつまでも苦しいものは苦しい、とだんだん気がつき始め、同時に本当の私って何?と本質的なものに目を向け始めるようになってきました。ジョーヴィターリさんも書籍「ハワイの秘法」で引き寄せの法則からホオポノポノへ実践に強め始めた表現がありましたが、まさに私もそんな状況でした。
タイミングってあるんですね。

ふんわりした表現ですみません。感覚的なものですが、先生のブログを読んだことにより新たなクリーニングをする機会を頂けたなと思いました。ありがとうございます。

ちょっとポジティブ過ぎるような文面になってしまいましたが、
私の記憶が再生している歪みを、正しく完全なるものへと変換されるように
クリーニングを実践しようと、やっぱり今日も思いました。

先生、いつもありがとうございます。ブログ楽しみです。

ごめんなさい
許してください
ありがとう
愛しています

Sara

ぽにょさん、こんにちは^^

宗教。。。私は仏教の父とキリスト教の母の間に生まれました。
両方の家はどちらも宗教熱心で、子供の宗教は半分ずつと言う約束のもと、長子の私は生まれて間もなくキリスト教の洗礼を受けました。

両親は全然熱心ではなく^^;
特にキリスト教の方は親の義務感で毎週嫌々ながら教会に引きずられていたのを覚えています。
途中で宗教大嫌いになりました。

25歳で人生に行き詰まりを感じたとき仏教の宗教団体にめぐり合い、そこで昨年まで7年間、在家のお坊さんになる修行をしてました。
とても素晴らしいところで、宗教とは悪いものではない、何教かに関わらず・・・と思いました。

1年なるのかなぁ、ホ・オポノポノと出会って。
私は宗教は素晴らしいものなのだと思いながら、一方でネガティブな思いも抱いていたのです。
それは、『清貧』『自己犠牲』。
私が入っていた宗教団体は仏教でしたが、宗教はどれも素晴らしいとするものでした。
あなたのうちがキリスト教なら、ご先祖様が守っていた宗教を大事にしなさい、その信仰心と神の恵みがあなたまで命を繋いだのだから・・・と。

でも、やはり私達は不完全な人間ですので、開祖の教えがそのようなものであっても他の宗教を否定する心は消えませんでした。
それらのネガティブな思いや自分の中に芽生えた矛盾を消去したくて・・・ひたすら4つの言葉を唱えていたこともあります。
結果、益々嫌になってとうとう飛び出しました。笑

なんだろう、うまく言えませんが、それでよかったのだと思います。
宗教の根底にあるもの、宗教を越えたところにあるものに少しでも触れ、気付くことが私達はどんどんできるようになって来ている気がします。

ある意味、神も仏もなく。。。
私達のひとりひとりが『神』であること。
そう言うことに気付いていかなきゃいけないのかな・・・と。
それがアセンションのひとつであるのかな・・・と。

本当にうまく言えません^^;
だらだらと長文、ごめんなさいm(u_u)m

闇の中で 光の中で

 ぽにょちゃんが暗闇で見つけた星が、
ぽにょちゃんの心の中でまひるでも
光り続けているのだなぁ、と文を読んで
感じました。神様というのも、心の
内側でずっと、きらめいているのかも
しれないね^^

 バッチフラワーに助けられています。
この頃自分の施設がよりよいケアを
提供できるようになるといいなぁと
ちょっと肩にちからが入りすぎて
いたので、オークの力を借りながら、
皆で成長できたらいいな。楽しく♪

 また来ます。いつもありがとう^^

「しんどい」時に

まさこ様

今は「しんどい」ときですね。
このコメントを書くにあたって、恋愛等について書かれた、ぽにょ様のブログにあるいくつかの投稿を再読しました。それらは「本当は、私の問題」「ウニヒピリをネグレクト」「『ゆうさん』のKR女史セッション体験談」、そして「ネガティブを愛することと、ホ・オポノポノ」「ホ・オポノポノと宗教」等です。まさこ様にとっても、大変参考にさると思いますのでよくお読みになることをすすめます。ぽにょ様にも大変しんどい時があったからです。

~~引用
私は、人間の成長には、タイミングがあるものだと思います。・・・
2年前の私は、深い暗闇の中にいました。辺りを見渡しても四方八方、不安と暗闇に包まれていたのです。真っ暗闇の中から光を求めていた、そんな時だったからこそ、私はホ・オポノポノの素晴らしさに触れることが出来た。
直感として「これが真実だ」と感じることが出来たのです。(「ホ・オポノポノと宗教}より)

次に、クリーニングについて、私にも大変勉強になりました言葉を引用、

「自分の中に湧き上がった感情を良いも悪いも判断を手放してただ受け入れ、十分に味わいながら、自分と深く繋がって唱えると、すごく効果的ですよ」

例えばまさこ様でしたら、しんどいですけど、その「しんどい」感情を十分に味わいながら、四つの言葉を唱えながらクリーニングするのも大事かもしれませんね。

すべてには、時があるといいます。急がず、休まずに、クリーニングをつづけましょう。
1ヵ月後、半年後、あるいは1年後に、きっと何かが起こります。

アロハ

Saraさんへ

こんにちは、宗教に関するクリーニング、
じっくり向き合って下さってありがとうございます。
とても嬉しかったです。


> 宗教性について私は昔からどことなく「私は無宗教だから・・・」
> という感じでマイナス、もしくはプラスに思うことも曖昧にして
> 避けて生きてきたと思います。なんだかモヤモヤしている部分もあるけど、
> そうすることが無難でいいんだとしておりました。

その、何だかモヤモヤする部分を観ていくことが
大切なことなのかもしれませんよね。


> 何がマイナスで何がプラスに感じていることなのかと
> すごく心の中で仕分けされて、ずっしり先生の文面が
> 自分の中に入ってきたように思います。

良かったです、有難うございます。
私も長いこと、宗教について考えるのを曖昧にして来た人間なんですが、
この日はすごく考えたい気持ちになりました。
記事を書こうと思う内容はまさにインスピレーションなんです。
今日、同じ内容を書こうと思っても、絶対に書けないんですよ。


> 今までたくさん見て見ぬふりをして、「自分には関係ない、今、私は忙しいの、
> それどころじゃないの」とつっぱねていたものと
> 向き合う時期が来たなと感じています。

そういう時期を迎えていらっしゃるんですね。
ホ・オポノポノとは、世界=私ですから、関係ないことなんて、ないんですものね。


> 無意識にやっていた自分の甘えた心のスタンスも責任を持つという方向に
> 切り替えようとし始め、自分の中も自分の外も変化していっています。

記憶から無意識にコントロールされていた人生から、能動的にクリーニングしていく人生へ。
ホオポノポノするということは、大きなパラダイムシフトだと思います。


> 次はこういった自分の中で目を伏せていた部分にクリーニングをしなさいという、
> インスピレーションなんだと思います。

意識的に生きるようになると、目を伏せていた事に気付きだしてしまうんですよね。
そのひとつが、「自分の中の闇」なのではないかと思います。


> 引き寄せの法則に夢中で、ホオポノポノの段階ではありませんでした。

引き寄せの法則を十分に体験してから、ホオポノポノに辿りつく方って多いようですね。
私は逆で、いま、引き寄せを少しずつ知り始めています。
人それぞれですね。


> タイミングってあるんですね。

そうそう、タイミングって本当にあるのだと思います。
私も、タイミングがひとつ間違っていたら、
こんな運命的な出逢いではなかったはずです。


> ちょっとポジティブ過ぎるような文面になってしまいましたが、

いえいえ、でも、バランスを意識した捉え方ですね。


> 私の記憶が再生している歪みを、正しく完全なるものへと変換されるように
クリーニングを実践しようと、やっぱり今日も思いました。

素晴らしい気付きだなあと思います。
Saraさんの文面を読んでいて、とてもクリーンな印象を受けました。
私の方こそ、こんなにお返事が遅れてすみません。
いつも、記事で好きなことを書いておいて、コメントのお返事がずっと出来ないパターンが
私の中にあります。
時間的制約ももちろんありますが、課題のひとつです。

これからも、ご一緒にクリーニングに励んでいきましょうね!

ありがとうございました。

Keiさん

こんにちは、コメントありがとうございます。


> 私は仏教の父とキリスト教の母の間に生まれました。
> 両方の家はどちらも宗教熱心で、子供の宗教は半分ずつと言う約束のもと、
> 長子の私は生まれて間もなくキリスト教の洗礼を受けました。

そうなんですね。
ある意味、とても貴重な環境で育ったんですね。


> 25歳で人生に行き詰まりを感じたとき仏教の宗教団体にめぐり合い、
> そこで昨年まで7年間、在家のお坊さんになる修行をしてました。

Keiさんにもやはり、ご家系の血が流れていたということなのですね。
お坊さんになる修業もされたなんて、すごいです。


> 宗教は素晴らしいものなのだと思いながら、一方でネガティブな思いも抱いていたのです。
> それは、『清貧』『自己犠牲』。

ああ、すっごく分かります。
これって宗教における、代表的な歪んだ記憶ですよね、きっと。
豊かさとか、自分が幸せになることって、人間としての基本ですものね。


> 他の宗教を否定する心は消えませんでした。

なるほど…。


> それらのネガティブな思いや自分の中に芽生えた矛盾を消去したくて・・・
> ひたすら4つの言葉を唱えていたこともあります。
> 結果、益々嫌になってとうとう飛び出しました。笑

この1年で、色々な事がおありになったんですね。
クリーニングして得たインスピレーションからの行動だったのかもしれませんよね。


>宗教の根底にあるもの、宗教を越えたところにあるものに少しでも触れ、
> 気付くことが私達はどんどんできるようになって来ている気がします。

そう思います。
人間の感性が研ぎ澄まされてきたというか、結局、成熟してきたのだと思います。
宗教という形にこだわる必要がなくなってきたということ。
人間が進化してきているのだと感じますよね。


> 本当にうまく言えません^^;

いえいえ、私もKeiさんと同じ感覚を抱いていましたので、
お話を聞けてとても勉強になりました。
世の中には本当に、たくさんの宗教があって、たくさんの「神への道」
が示されているのでしょうね。
その全てを否定する必要はないけれど、今の時代は、
自分自身でその感覚を抱けるようになってきた。
ホ・オポノポノは、今の時代にまさに象徴的な方法かもと思います。

コメント、ありがとうございました^^

美帆ちゃん

いつもありがとう。
お返事が遅くなって、ごめんね。


> ぽにょちゃんが暗闇で見つけた星が、ぽにょちゃんの心の中で
> まひるでも光り続けているのだなぁ、と文を読んで感じました。

ほんと?
とても嬉しいです。


> 神様というのも、心の内側でずっと、きらめいているのかもしれないね^^

うんうん、真っ暗闇の中で私はまさに、自分の中に
神様のような存在を感じることが出来たよ。
日が照っていたら気が付かないくらい、まだまだ弱い光だったけれど、
それは確かに私のなかにあった。
そして、誰の中にもあるものなんだということを知ることが出来ました。


> バッチフラワーに助けられています。

ほんと?良かった。
美帆ちゃんには、バッチがすごく相性が合うと思います。
私はセットで持っているよ~。
飲んだり飲まなかったりではあるけれど、自分にはバッチがあると思うと、
それだけで安心感があります。
通信教育もあるから、しっかり学んでみるのも今後の仕事に役立つかもしれないね。


> この頃自分の施設がよりよいケアを提供できるようになるといいなぁと
> ちょっと肩にちからが入りすぎていたので、オークの力を借りながら、
> 皆で成長できたらいいな。

そうだね、施設長というリーダーの立場で、とてもたくさんの苦労や
プレッシャーがあるよね。
オークが役立つと良いな。
また様子を聞かせてね、いつもありがとう。

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