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モリのアサガオ 

みなさん、こんにちは!
最近は、ブログ更新頻度が減っていますが、
私は元気に過ごしています^^

さて、ごく最近気付いた、私のメモリーについて、
今日は漫画を題材にして考えてみようと思います。

最近、旦那さんが買ってきた「モリのアサガオ」を読みました。
いま、ドラマ化されて放映中ですよね。
モリとは拘置所のことで、アサガオとは、モリである拘置所のなかで
死刑を待つ死刑囚のことです。
ドラマは観ていないのですが、漫画7巻は全部読みました。
非常に考えさせられる、社会派漫画でした。

   

モリのアサガオ―新人刑務官と或る死刑囚の物語 (1) (ACTION COMICS)モリのアサガオ―新人刑務官と或る死刑囚の物語 (1) (ACTION COMICS)
(2004/12/06)
郷田 マモラ

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それ以外にも色々思うところがあって、
今日は自分に対して、ちょっと厳しい視点に立ってみますね。

まず、誰もが多かれ少なかれ抱えているであろう「自分が良ければそれでいい
という感覚について。。。
(これはもちろん、私のなかにある記憶についてです。)

漫画の中では、色々な死刑囚の人間模様が描かれているのですが、
死刑が確定した凶悪犯であっても、実は冤罪であったり、
大切な誰かを守るために罪をかぶっていたり、理不尽な殺人の被害者家族が
犯人に仇討ちをとってその結果 死刑囚になったりと、
“死刑囚である人間”に寄り添えば寄り添うほど、
さまざまな人間模様が見えてくるんですね。

「自分が良ければそれでいい」「他人のことはどうでもいい」という感覚は、
裏を返せば「自分を守りたい」という肯定的意図と繋がるかもしれず、
“自分を愛することが大切”と唱えるホ・オポノポノの考え方と重なるように
見えるかもしれません。
しかし、ホ・オポノポノは「他人を犠牲にしても良い」
とは絶っ対に言っていないと思うんですね。

すごく極端な例ですが、たとえ話を提示します。

訳あって私が犯罪を犯したとします。
犯罪を犯した背景には、私なりの肯定的意図がありました。
しかし、社会的に犯罪はやはり許せないルール違反です。

そして、間違って他の人が逮捕されてしまうとします。
ここで、自分が本当の犯人だと言って名乗りでなかったら、
無実の人が罰を受けてしまうことになります。
私は罪の意識と、犯人だと名乗り出ることへの恐怖から、
自分のなかに湧き出る恐ろしい気持ちに対して、

 「罪を犯して、ごめんなさい
 「あの時は、○○という理由で仕方がなかったのです」
 「私が犯人だと名乗りでないことを、許して下さい
 「私のかわりに罪をかぶって下さって、ありがとう
 「代わりに罪をかぶってくれているあなたを、愛しています

・・・と自分に言えば、多少気持ちが楽になりました。
私はクリーニングを続けていました・・・。

これって、どう思いますか?
絶対に違いますよね。

過去の出来事であって、今となっては相手とも会えずに取り返しがつかないのならば、
ホ・オポノポノは大きな効果を示すかもしれません。
実際に、モリのなかのアサガオ達の何人かが、
自分自身が犯した罪について長い年月を振り返るなかで、
罪の意識に芽生え、本当の意味で改心する姿が描かれていました。
1過去の犯罪に対して100%の責任を自覚するようになった死刑囚は、
謝罪の気持ちから、毎日祈ったり、写経をしたり、
被害者の姿と重ね合わせて仏像の切り絵を作ったり…。
その姿はまさに、ホ・オポノポノを体現しているようだと感じました。

でも、たとえ話のように、いま目の前に記憶を修正出来るチャンスがあるならば、
4つの言葉を自分の潜在意識に伝えながらも、行動し、声に出し、
実際にコミュニケーションをとって、理解し合うべきだと思います。
つまり、自分がやったことは、自分がやりましたの名乗り出るべきです。

それにこの例の場合、「100%の責任」を果たしていないことで、
まずクリーニングとは言えないのです。
辛い気持ちに対して、ホ・オポノポノの言葉はとても有効ですが、
前提をクリアしていなければ、やっぱり本当の意味では効果がないと思いますし、
ただの自己満足になってしまいます。
それでは、逆効果とも言えるかもしれないのです。

今日は、ちょっと極端な例になってしまいましたね。
しかし、ホ・オポノポノを「4つの言葉を大切にする」ということだけで理解するのでは、
本当の理解には至っていないということ、逆に記憶を塗り重ねることになるかもしれない
という危険性を深く理解したいし、皆さんにももっと伝えていきたいということを、
記事を書きながら改めて感じました。

「100%の責任」=「私がすべて対処出来るということ」を、
もっとしっかりと、噛みしめていきたい。
そして、自分だけが良ければいい、という気持ちを消したい。
広い視野を持って、社会と関わっていきたい。
そう思う、今日この頃です。

今日はお天気も良く、お出かけ日和の日曜日ですね。
みなさんに素敵な時間が流れますように!

今日も読んで頂いて、ありがとうございました^^
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Comments

耳が痛い・・・

でも、今の自分にピッタリの記事でした。
ありがとうございます。

  • [2010/11/29 09:56]
  • URL |
  • さいころ
  • [ Edit ]
  • TOP ▲

こんにちは ポノを始めた頃 さぁ時が来たと言わんばかりに 次々と問題がおこりました。100%自分の責任という意味がだんだん重くなり…クリーニングをする気力もなくなってしまいました。 責任=自分が対処出来るという訳をよんで 心が軽くなり 今日のブログで行動をおこし コミュニケーションを取って…で気持ちが前向きになりました。 対処出来るんですね
ありがとう

ALO~HA~!

ぽにょさん、この作品は読んだことありませんが、犯罪ものの作品はいろいろと考えることが多いです。立場によっていろいろな考え方ができるんだなぁ~といつも感心してしまいます。

ホ・オポノポノを意識するようになって、今まで潜在的に存在していた問題が表面化してきたような気がします。
前にも書いた、ネットで知り合った人達との別れも私の乗り越える(対処する)べきいろいろな課題だった野田と思っています。(うまく対処し乗り越えることができたかどうかは、まだ分かりませんが・・・)
そして、先日のネットとの遮断で日本語情報が全く入らなかった2週間・・・。
今週末には、都会から田舎へ引越しします。

環境が変わることが、今後の私の生き方や考え方にどういう影響を与えるか、全く想像も付きませんし、今まで街中でしか暮したことのない私が、田舎暮らしに適応できるか、不安もありますが、新しい生活が楽しみでもあります。
きっとこれも私の課題だと思って前向きに進んで行こうと思っています。

おはようございます

今回は拝見させていただいて、自分の過去を辿ってみました…
今でこそ『お客様を癒やす』という職に就いていますが、それこそ若い頃はまさに『自分さえ良ければ』という考えで生きて来た様な気がします。

これだっ!
…という事が思い浮かばないので、『自分さえ…』の考えでダラダラ過ごして来た過去も含めて100%自分の責任としてクリーニングして行きます!

ありがとうございました。

ホ・ポノポノ

ごめんなさい。
許してください。
ありがとう。
愛しています。
心のクリーニングを続けていくと、自己に帰って来るように感じます。

ごめんなさい→
 罪を反省し悔いる
許してください→
 同じ過ちを犯さない
ありがとう→
 許してくれたことに感謝する
愛しています→
 愛している人を傷つけない。

その為には何をすればいいのか。
ホ・ポノポノにはその先の深さがあると思います。

その人は無実の人を愛しているのでしょうか。

ホオポノポノで、インナーチャイルドは癒せますか? 自分の過去と向き合うのが怖い
苦しいですがしっかり見なければ、目的語をつけずただ四つの言葉を唱えるだけでは効果は薄いのでしょうか… よろしければお教えください

  • [2010/12/01 19:20]
  • URL |
  • ともしろ
  • [ Edit ]
  • TOP ▲

ともしろさん

こんばんは。
ホ・オポノポノは、インナーチャイルド(ウニヒピリ)を癒す方法、
とも言えると思います。
ですから、癒せると思います。


> 自分の過去と向き合うのが怖い
> 苦しいですがしっかり見なければ、

怖いと思って目をそむけ続けていると、
もっともっと怖くなってしまうこともあると思います。
怖い事には、思いきって向き合うことが一番の克服方法です。

4つの言葉をただ唱えるよりも、インナーチャイルド(ウニヒピリ)
を意識してクリーニングすると、効果はとても大きいですよv-22
ともしろさん、少しずつでも、しっかり見つめていけたら良いですね。
応援しています。

ご質問、ありがとうございました。

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