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沖縄を想う 

今日は8月15日。
65年前の今日、太平洋戦争が終わりました。

いま旦那さんが夏休みで、家族と沖縄に行っています。
私は仕事があるのでお留守番。

彼がここ数日、沖縄から写メを送ってくれていて、
この時期にちょうど沖縄に行っているのは、
ものすごく大切な意味がある気がしてきました。

携帯で撮った写真ですが、とても綺麗なのでみなさんにも・・・。

沖縄

ハワイの海の雰囲気と、やっぱり少し違いますね。
沖縄って、日本人ならみんな好きだと思うんです。
何しろ自然が素晴らしいですし、人も温かい。
沖縄料理もヘルシーで美味しいし、言うことはありません。
私も大好きです。

花

でも、沖縄の人々があんなに温かいのは、深く強い悲しみの上に、
その優しさを築きあげてきたからではないでしょうか。
沖縄戦があって、そして日本は戦争を終わらせました。

海

でも、もし日本で唯一の地上戦が沖縄でなく、
九州だったら・・・?
四国だったら・・・?
本土だったら・・・?
北海道だったら・・・?

波

沖縄は、私たち日本を代表して、その役割を担ってくれた、
ものすごく大変な思いをして日本を守ってくれたんですよね。
沖縄だから出来たことかもしれません。

夕焼け

そして、そういう体験があったのになぜ沖縄の人は優しいんだろう。
そのヒントとなる唄に出会いました。
以前、モンゴル800を御紹介した時に、知人の方から紹介されていた、
沖縄出身の「かりゆし58」というバンドが歌っている、
『ウージの唄』。
ウージとは、サトウキビのことだそうです。
この唄のなかにある歌詞に、沖縄の人の優しさの秘密をみたような気がします。
それは、

 『 憎むより、愛せと 』

 『 生きることの喜びを唄う 』


ということでした。。。



「憎むより愛せと、サトウキビが言っている」というんですね。
ものすごいことだと思いませんか?
沖縄の若い音楽家たちは、今でも沖縄の心を美しいまま継承し、
私たちに伝えてくれます。

私たちにもっと必要なことは、今よりもちゃんと、過去に何が起こったかを見て、
深く知ることだと思うんですね。
そこには、過去の行動の責任を負う必要も出てくるかもしれないし、
隠して蓋をしておきたいものもあるかもしれません。
自分らの言い分も、山ほどあると思います。

しかし、誰もが責任者であるという位置にたったとき、
「日本が悪い」「政府が悪い」「アメリカが悪い」とかではなく、
関わったすべての人たちそれぞれの責任が積み重なって、
大きな戦いが起きたと思うのです。
ですから、誰かの責任だ!と責任問題を押し付け合っているだけでは、
本当の問題解決に至らないと思うのです。
世界中が戦ったという大きな出来事のなかで、
誰か一人や何かひとつが問題のはずはなかったはずですから。。。

それぞれの国の人が、それぞれの立場から、見える範囲で自分で分かる範囲で良いから
戦争を振り返って、100%の責任をもって謝罪し反省することがまず必要だと思いますし、
その上で、相互に許しあい、そして相手の立場をも思いやって愛し合えたら・・・。
世界中の人々が、今からその行動が出来れば、
沖縄の人の心から学び、「憎むのではなく愛する」気持ちを持って、
記憶をひも解いて、想いを手放していけたら・・・。
戦争の悲しみや憎しみは、あっという間に消えていくかもしれませんよね。

でも一方で私は、人間は完璧ではないから、許せなければ憎めば良い、
とも思うんですね。
とことんまでやるだけやって初めて、見えてくる道もあると思うんです。
ホ・オポノポノを知ってからは、クリーニングをずっとしているので、
そこまで強い気持ちを手放せないことは殆どなくなりましたが、
私も以前は、人を恨んで憎んで手放せないことがありました。

でも、恨んだり憎んだりしていることは、自分自身が辛いことでもあるんです。
ですから、憎んで恨んでやるだけやって、とことんまでいったら、
それだけでは未来もなくて、心もガチガチに縛られてしんどいという事を身体で分かった人が、
その先にある、「許して愛する」ことが持つ大きなチカラ
気付けるのかもしれない…と思います。

私は戦争を知らない世代ですが、私にも責任があると思います。
私の祖父たちは、戦地に行っていました。
でも、その時の話を直接聞いたことはありませんでした。
聞かなかったことを、今になって後悔しています。
これから出来ること・・・、まずは親の世代に聞いてみたいと思います。
みなさんも今日からぜひ、あなたの見える範囲での「戦争」を
どうぞクリーニングなさってくださいね。

当たり前のことなんて、なにひとつないんです。
今日をきっかけに、平和な今の日本に生きていることに心から感謝し、
「わたし」のいのちの光を大切に、毎日を生きていきましょうね!

 ごめんなさい。
 ゆるしてください。
 ありがとう。
 愛しています。

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Comments

平和

数年前に『沖縄』の文字が何度も目に入って来たことがあり、一人旅をしました。
それ以来一年に一度は沖縄を訪れていますが、最初は『癒し』を求めリゾート感覚で行っていたのが、最近はもっと沖縄の歴史を知りたいと思うようになりました。

『ホ・オポノポノ』を知ったのも沖縄で出会ったメンターを通してだったんですが、沖縄に行くようになってから私にはいろんな『気づき』が増え、自分の気持ちの持ち方が変わって行ってる気がしています。

私は長崎に生まれ育ち、父は子供の時に被爆しています。子供の頃から『戦争体験』を聞くことや『平和教育』というのは常に身近にあったんですが、自ら積極的に、本当に深く知ろうとしていたかというとそうではなかったと最近思うようになって。
私も含めて今の若い世代の人がもっともっと歴史を知って『平和』について考えるようになっていったらと願います。

今日の夜11時15分からNHKで『HY』という沖縄出身のアーティストの特集があるようです。
兄おすすめのアーティストなんですが、『平和』を伝えている彼らの歌、今までちゃんと聴いたことがなかったので見てみたいと思っています。

ありがとうございます
愛しています

「沖縄を想う」をありがとう

ぽにょ様
「沖縄を想う」て下さってありがとうございます。また奥様に沖縄の写真を送って下さった旦那様にも、ありがとうございます。私は沖縄に生まれ、沖縄に住んでいる者です。
・「人間は完璧ではないから、許せなければ憎めば良い、とも思うんですね」とありますが、率直に言って、沖縄の人たちは、鳩山前総理、管総理、閣僚たちに、大変怒っています。鳩山前総理は普天間の基地を「少なくとも県外、できれば国外」と公約して希望を持たせておきながら、沖縄と何の相談もしないで、突然、県内の美しい辺野古の海に移すと、アメリカと約束したのです。それを怒らずにおれるでしょうか。
管総理もそれをそのまま引き継ぐとアメリカと約束して、沖縄の理解を得たいとか、負担軽減などと言っているが、沖縄の心を無視して理解を得られるはずはないし、基地を撤去することが沖縄の最大の負担軽減なのに、よくもそのようなことが言えるものだ、と思う。・・・
・基地や、その他悪に対する怒り、憎しみを感じながらも、それらが問題を解決するのではないですよね。ではその怒り、憎しみ、悲しみをどうすればいいのでしょうか。
ヒューレン博士は・・・


ほのぼのさんへ

ぽにょ先生じゃないですが^^
echuと申します。

この難しい問題に何ができるか、期待
違いかもしれませんが、勇気を出して書き込みました。

沖縄の方のいう「内地」の者です。

できないことに嘘は大NGだったと思います。お坊ちゃま鳩山さんには私もその役割に同情の余地を探すしかありませんでした。

私は、「ホ・オポノポノ」のクリーニングは「頓服」のようなマジックではないと考えています。
問題に関わっている存在が多いほど、スピリチュアルでいうところの「カルマの浄化」が大変であるように、忘れてしまえばいい、無かったことにすればいいの「魔法」は難しいと思います。

もちろん。
個人的な疾患や思い癖を無くすのにはとっても有効で必要だと思っています。

それでもクリーニングには時間が必要です。

沖縄の米軍基地問題や拉致問題のように国家として挑まなければならない問題は団結するまでが大変です。

もし、個人レベルまで意識を変えて考えて頂けるなら、沖縄も内地の人間にもそれぞれ抱えている問題があるのです。

公害等で不治の病を患ってしまった方、交通事故で足を無くした方、生まれながらにハンデがある方、など等、どんなに訴えても、どんなに怒っても取り返せない問題を抱えながら生きておられる方々は沢山います。
(私の家族にもいます)

こんな比較は本当はイヤですが、
沖縄米軍基地問題や拉致問題はまだまだ求められる光があります。
持てる希望が沢山あります。
美しい沖縄は日本の宝です。

「怒り」にはエネルギーがあると思います。でも怒り続けると神様であっても違うモノになってしまうと思うのです。

沖縄におられる方々は沖縄の守り神だと思うのです。
ですからこれからも神様でいて欲しいと思います。

私にとって沖縄は憧れの島のひとつです。
どうかこんな内地の人間もいることを知って欲しいので勇気を出して、自分の考えを書きました。

怒りが静まることを願っています。
アリガトウゴザイマス。。。。

沖縄!

興南、春夏連覇!
あめでとう!!

甲子園ではほとんどの意識が沖縄に向いていたと思います!
日本全体が沖縄を応援していたと感じました!

感動をありがとう!

ありがとう!

ぽにょさん はじめまして!

いつも興味深く拝見させて頂いております。

やや横レスになりますが…
「人にやさしくされた時 自分の小ささ知りました♪」うちなーんちゅです。
民主政権を擁護するわけではありませんが…普天間問題が全国レベルで議論される程取り上げられた事は、決してマイナスではなかったと思います。
私は少し冷めた目で考える事が多かったし、他府県の方がこの問題を解らなくても当然の事でしたから。
那覇に住んでおりますが、上空が米軍機の飛行ルートになっているらしく、子供の通う小学校は那覇では数校しかない冷房完備の学校になっています。
戦闘機が通過する時は会話も電話も全く聞こえない程の爆音がします。
那覇でこの状況なので、普天間や嘉手納付近の方の状況やほのぼのさんの気持もわかるような気がします。まして、報道沙汰にならない事件のケースもあるようで、一概に何とも言えないのですが…
今回を逃したら基地の国外、県外移設はなかったのは事実です。でも、本来の私達の心からの願いは基地撤廃、平和な世の中にすることではなかったでしょうか?沖縄の現状を他に押し付けるでなく、世界の人が武器を捨て、心に平和を、唇に希望の歌を奏でる事が出来る世の中にしたいものです。
日本中の方が沖縄の事に興味を持って頂けたことは、一歩前進どころか、平和という目標にかなり近づけたと思っています。

沖縄の痛みに、自然に、人々に、音楽に関心を持って下さってホントにみなさんありがとうございます。涙が出るほどうれしい気持ちですv-257
本来の主旨から逸脱してしまいスミマセン(^_^;)
でも、感謝の気持ちを ぽにょさんやコメントされた皆さまにお伝えいたしたく、横レス、長レス失礼しました。



「沖縄を想う」をありがとう②

echu様、ありがろうgございます。
実は前回の投稿は中途半端だったのです。その続きに・・・・・
送信クリックをしましたら、「スパムと判定されました」と出ました。・・・しかし「どうかこんな内地の人間もいることを知って欲しいので勇気を出して、自分の考えを書きました」とのメッセージをいただきましたので、思い直してもう一度書くことにしました。・・・

私が「『沖縄を想う』をありがとう」を書いたのは、ホ・オポノポノを学びつつあるからです。2010年1月1日、自分の日記に次のように記しました。
「今にいあるまで、心の平安になる生き方をいろいろと探し求めてきた。ホ・オポノポノが最後のそれでありますように」と。そして今に至っているのですが、その最後のものに出会っているような気がしています。多くの問題を抱えているのが人間ですがヒューレン博士は次のように言っています。
「まず起こることすべてを自分のなかの記憶の再生として、
「こんなことを見せてくれたんだね。わかったよ」
と受け入れることです。押し込めたり、否定したり、あなたの頭でジャッジして片づける必要はありません。出てきたら出てきただけ、クリーニングするだけでいいのです。
恋に落ちようが、怒り狂おうが、絶望しようが、どんな記憶が再生されようとクリーニングをします。・・・神聖なる存在が、怒りを愛に変換してくれるのです」(「ウニヒピリ」p.84)

個人の深刻な問題であろうが、政治、経済、世界のいかなる問題であろうが、それらの故に怒り狂いそうになり、絶望的に見えようとも、最終的には「神聖なる存在」からのインスピレーションを待つということが大切なようです。つまり自分なりに考えて、自分ではどうにもならないようにみえる状況の中で、クリーンング、つまり「I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.」を繰り返すというのですね。短い経験のなかでそのような感触を受けることがあります。
沖縄のことをわすれないでくださいね。I love you.




とう

ほのぼのさんは私より「ホ・オポノポノ」を理解されていると思いました。

私もがんばろうと思いました・・・

それにしても、興南高校優勝には本当に感動しました。
実は高校野球をこんなに熱心に見たのは始めてです^^
地元の高校ももちろん応援していましたが、興南高校のナインはそれとは違うものを背負っていると感じたので、つい魂が揺れました・・・

私の母は、長崎出身です。
姉の誕生日は広島原爆投下の日で、母はそのことを嫌がって、お祝いはいつも前日でした・・・
その姉は今、統合失調症を患っています。そして、私の娘は難病と共に生きています。
けしてつらいことばかりの人生ではありませんが、非暴力の世界がくることを心から願っています。

アリガトウゴザイマス・アイシテイマス

訂正・・・

上のコメントのタイトル・・・
ありがとうございます と入れたのですが、何故か「とう」となりました^^;

コメント投稿

皆様
コメントを投稿している間に、一つ気になることがあります。「『沖縄を想う』をありがとう②」に、『実は前回の投稿は中途半端だったのです」と書きましたが、・・・(点線)以降の文章を削除して投稿したのでした。それは「スパムコメントと判定されました」と出て、全文を投稿することができなかったからです。②にも同様なことがあって、・・・(点線)以降、かなりの部分を削除して投稿したのでした。

実は私は最初「スパムコメント」という意味がわかりませんでした。後でネットで調べてみましたら、

・ウェブのコメント欄に本文の内容とは関係のない広告文を無差別に大量に投稿すること、・・・。
・「誹謗中傷は即刻削除し、拒否設定を行います」・・・「迷惑メール」。

などという説明がありました。それでスパムコメントの意味、必要性はわかりましたが、私の書いた、ささやかなコメントのどこに「本文の内容とは関係のない」とか、「誹謗中傷」と見て、「拒否設定」を行ったのでしょうか。コンピューター機器?、人間?
もしコメントを投稿して、それが「誹謗中傷」であるならば、公表された上で、批判を受けるべきであって、投稿を「拒否」されるべきものではないと思うのですが、いかがでしょうか。それは言論の自由を統制する方向につながっていかないでしょうか?

コメントを送信して、スパムコメントになった時、次のように表現されます。
1、「スパムコメントと判定されました」
2、「過去の投稿と内容が重複しています」
3、「不正な投稿だと判断されました」


もしかしたら、このコメントも「スパム」と出るのでしょうか。以上のことは事実であり、現実なのですから、よく認識した上で、クリーニングするしかないでしょうかね。
「I'm sorry. Please forgive me. Thank you. I love you.」と言うか、あるいは単に「I love you」と言って。
















ほのぼのさんへ

こんにちは^^

これは私の考えですが・・・
「記憶」ってある程度自分で選択できると思うのです^^

いわゆる「心の持ちよう」というやつです。
それでもどうにもならない事に対しては真剣に取り組みます。
結構、この「心の持ちよう」で対処できることって多いと思うのです。

私も、パソコンやネット事情はよく分かりません。
でも、こうして記事にアップ出来ているのですから、私なら良い現象に目をやって建設的に参加したいと思います。

私の「ホ・オポノポノ」の使い方は、
自力でどうにも出来ない事に使っています^^
まず、しっかり向き合ってそれでもどうにもならない事に対して「クリーニング」するようにしています。

そうでないと、ただのご利益信仰みたいでイヤだからです。
これぞ「ホ・オポノポノ」である! ということがあるならば、私の考えは異端かもしれませんが、楽しくやっていますよ^^

少しでも参考になれば嬉しいです^^

ALO~HA~!

沖縄について、一度も行ったことがない、友達にも沖縄出身の人がいなかったので、関心がなかったのですが、昨年の夏から急に私にとって沖縄が近いものになりました。その辺りのことは、以前ブログで記事に書いたことがあります。
もし良かったら読んでください。
http://bit.ly/byYWKr

無関心であったことを反省していますが、かといって私の今の日常に沖縄が関係ないことも確かなのです。ただ長い歴史の中で翻弄されていた土地であるのでそろそろ自由に沖縄の方が望む方向に動いていったらいいな~というのが私の個人的な思いです。まずは沖縄の方々がどうしたいのか、ということを話し合っていくことが大切なような気がします。沖縄が割れるかもしれませんがそれでも通らなければいけない道かもしれません。。。(部外者の勝手な発言でごめんなさい。)

スパムコメントについては、私もどういう基準か分かりません。参考のためにURL(サイトアドレス)を書くとよくスパムコメントに判定されるので、http・・・をh ttpとしたりして対応しています。それ以外では今のところスパム判定されたことがないので、よく分かりません・・・。

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