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ご飯を残してはいけません 

学会とは関係なのですが、ヒロシマについた翌日、
食事を残してはいけない」ということについて、インスピレーションを感じました。
ヒロシマとの関係は、ちょっと分かりませんが。。。。

私たちは、小学校から給食を食べて育ってきました。
みんなが同じメニューで、一定量。
好き嫌いをしてはいけない、残してはいけないと言われて、
食べきれないと掃除の時間まで居残りで、食べていましたよね。
私は、今では食べることがとても好きですが、
当時は居残り組で、切ない気持で教室の隅っこにいたものでした。

いま、改めて振り返ると…。
どうして、そこまで徹底して教育されたのかな?
と思うのです。

もちろん、食事を粗末にしないことは当然です。
バランス良く食べることも、大切なこと。
人類の創生期から始まって、殊に戦争の時代には食糧が入手困難であり、
「食べものを大切にする」ということは、とても大切なことでした。
人類の歴史は飢餓との戦い、そのものでしたから…。

(栄養とインスリンと日本人については、項を改めて考えてみます。)


しかし、給食を残すことって、絶対悪なのでしょうか?
それぞれの子が、色々な体質もあるし、食べる量も違います。

もしかしたら、幼少期の「ご飯を残してはいけません」、という教えが
「全て食べなくてはならない」「残してはいけない」
「捨ててはいけない」などの信念体系となり、
それが成人になってからの外食などに適応されると、
明らかにカロリーオーバーになり、肥満に繋がって、
現代における成人病の蔓延という問題を、作り出しているのかもしれません…。

本当に本当に、食事は、残してはいけないのでしょうか?
最初から少なめにすればもちろん無駄がないですが、
食べられない時に残す勇気も、必要なのかなと思うのです。
残さず食べることを優先させて、ぎゅうぎゅうと
胃に詰め込んだ食べ物を消化させエネルギーにより、
逆にパワーを奪われることって、多々あるのではないかと思います。

何事も、バランスが大切で、過ぎたるは及ばざるがごとし、です。
従来の概念を「それって本当なのかな?」と、
立ち止まって自分で考えなおしてみること(そしてクリーニングをすること)は、
とても重要なことだと思います。

「美味しかったけど、お腹一杯なの。ごめんなさい。
残してしまってごめんなさい。ゆるしてね。」
…と、時には(感謝しながら)残すことを、選択しても良いのではないかな。

そうすることで、身体が楽になり、自由になり、
活動性も上がり、健康な身体が手に入り、
身体が健康だと心も穏やかに過ごせるのかも。。。
なんて、空想してみました。

残さずに食べきることって、そんなに死守すべきことなの??
私たちは、「全部残らず食べなければいけない
という制約に、しばられているんじゃないだろうか。。。
そんな記憶(のようなもの)について、広島で考えていました。

最近、私が良く読ませてもらっているブログにも、
小食について書かれていました☆

 → ローフード ~私をキレイにした不思議な食べもの~「 小食 」
 → おなすインフォメーション 「 水野南北はなぜ少食をすすめたか? 」

あ!そうか。
この2つの記事を最近読んだから、「食事を残してはいけない」
という事について、考えたのですね。笑

それと、以前から知ってはいて、最近読み始めたこちらの本の影響も、
あるのかもしれません。

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さて、学会は明日で終了です。
インスピレーションが盛りだくさんなので、
広島の記事は、しばらく続きそうです。

今日もありがとうございます!
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