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あの坂をのぼれば 

大きく深いクリーニングに臨む時には、
時に痛みが伴うものかもしれないと思います。
その痛みを越えたところに、次のステージが待っている。
そういうことって、あるのかなと思うのです。

…ふと、「あの坂をのぼれば、海が見える」という詩を思い出しました。
中学校の教科書で読んで、その場にいるような臨場感を感じた詩です。
「あの坂をのぼれば、海が見える」。
なんて、素敵な響きなのでしょうか。
今でも教科書に載っているのかな?

今見えている世界、生きているこの世界は、
すべて自分の記憶の再生です。
ものすごく複雑で、ものすごく素晴らしい世界。
と同時に、色々な問題もたくさん抱えているこの「わたし」の世界。

問題に取り組む時には、覚悟が必要なこともあるかもしれません。
でも、試験でも、課題でも、クリアするのに労力を要した方が、
クリーニングのしがいも、達成感もあると思います。
それこそが、「生きる」ということではないでしょうか。

そのために必要なことは、ネガティブを受け入れること。
ネガティブを否定しないこと。
そして、ネガティブを愛することです。

逃げる必要も、隠れる必要もなく、ただただ開き、
受け入れ、クリーニングしていくということです。
恐れから逃げていると、永遠に逃げ続けることになります。
その輪から、抜け出す事が出来ません。

恐れがもしそこにあったとしても、
「愛しているよ」「ありがとう」と言いながら、
まず受け入れてみて下さいね。
そして、ハートを開き、飛び込むのです。

…すると恐れは、ぐわ~っと自分に向かってくる!のではなくて、
ふわ~っと昇華されて消えてしまう。
そういうことって、本当にあるのです。
私は日々、それを体験しています。

もしあなたがいま、あることのクリーニングをしようと思っていて、
でもあと一歩の勇気が必要だとしたら、
「あの坂をのぼれば、海が見える」と思って、
一歩を踏み出してみて欲しいんです。

愛と、感謝をもって。
あなたはすでに、完全に愛されています。
あなたは神であり、光なんです。
安心して開き、安心してクリーニングしてくださいね。

今日もありがとうございます。
今日もあなたを愛しています。

あの坂をのぼれば


 「あの坂をのぼれば」   杉みき子

あの坂をのぼれば、海が見える。

少年は、朝から歩いていた。
草いきれがむっとたちこめる山道である。
顔も背すじも汗にまみれ、休まず歩く息づかいがあらい。

あの坂をのぼれば、海が見える。

それは、幼いころ、添い寝の祖母から、
いつも子守歌のように聞かされたことだった。
うちの裏の、あの山を一つこえれば、海が見えるんだよ、と。
その、山一つ、という言葉を、少年は正直にそのまま受けとめていたのだが、
それはどうやら、しごく大ざっぱな言葉のあやだったらしい。
現に、今こうして、峠を二つ三つとこえても、まだ海は見えてこないのだから。
それでも少年は、呪文のように心に唱えて、のぼってゆく。

あの坂をのぼれば、海が見える。

のぼりきるまで、あと数歩。半ばかけだすようにして、少年はその頂きに立つ。
しかし、見下ろす行く手は、またも波のように、くだってのぼって、
その先の見えない、長い長い山道だった。
少年は、がくがくする足をふみしめて、もう一度気力を奮い起こす。

あの坂をのぼれば、海が見える。

少年は、今、どうしても海を見たいのだった。
細かくいえばきりもないが、やりたくてやれないことの
数々の重荷が背に積もり積もったとき、
少年は、磁石が北を指すように、まっすぐに海を思ったのである。
自分の足で、海を見てこよう。
山一つこえたら、本当に海があるのを確かめてこよう、と。

あの坂をのぼれば、海が見える。

しかし、まだ海は見えなかった。
はうようにしてのぼってきたこの坂の行く手も、
やはり今までと同じ、果てしない上り下りの繰り返しだったのである。

もう、やめよう。

急に、道ばたに座りこんで、少年はうめくようにそう思った。
こんなにつらい思いをして、坂をのぼったりおりたりして、
いったいなんの得があるのか。
この先、山をいくつこえたところで、
本当に海へ出られるのかどうか、わかったものじゃない……。
額ににじみ出る汗をそのままに、草の上に座って、
通りぬける山風にふかれていると、
なにもかも、どうでもよくなっている。
じわじわと、疲労が胸につきあげてきた。

日は次第に高くなる。
これから帰る道のりの長さを思って、重いため息をついたとき、
少年はふと、生きものの声を耳にしたと思った。
声は、上から来る。ふりあおぐと、すぐ頭上を、光が走った。
翼の長い、真っ白い鳥が一羽、ゆっくりと羽ばたいて、
先導するように次の峠をこえてゆく。

あれは、海鳥だ!

少年はとっさに立ち上がった。
海鳥がいる。
海が近いのにちがいない。
そういえば、あの坂の上の空の色は、確かに海へと続くあさぎ色だ。
今度こそ、海に着けるのか。
それでも、ややためらって、行く手を見はるかす少年の目の前を、
ちょうのようにひらひらと、白いものが舞い落ちる。
てのひらをすぼめて受けとめると、それは、雪のようなひとひらの羽毛だった。

あの鳥の、おくりものだ。

ただ、一片の羽根だけれど、
それはたちまち少年の心に、白い大きな翼となって羽ばたいた。

あの坂をのぼれば、海が見える。

少年はもう一度、力をこめてつぶやく。

しかし、そうでなくともよかった。
今はたとえ、このあと三つの坂、四つの坂をこえることになろうとも、
必ず海に行き着くことができる、行き着いてみせる。

白い小さな羽根をてのひらにしっかりとくるんで、
ゆっくりと坂をのぼってゆく少年の耳にあるいは心の奥にか
かすかなしおざいのひびきが聞こえ始めていた。
 

小さな町の風景 (偕成社の創作文学 (44))小さな町の風景 (偕成社の創作文学 (44))
(1982/01)
杉 みき子

商品詳細を見る

こちらの本に、この短編は載っています。
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Comments

ALO~HA~!

ぽにょさん、素敵なお話を教えてくださって、
ありがとうございます。

>問題に取り組む時には、覚悟が必要なこともあるかもしれません。
>でも、試験でも、課題でも、クリアするのに労力を要した方が、
>クリーニングのしがいも、達成感もあると思います。
>それこそが、「生きる」ということではないでしょうか。

>そのために必要なことは、ネガティブを受け入れること。
>ネガティブを否定しないこと。
>そして、ネガティブを愛することです。

>逃げる必要も、隠れる必要もなく、ただただ開き、
>受け入れ、クリーニングしていくということです。
>恐れから逃げていると、永遠に逃げ続けることになります。
>その輪から、抜け出す事が出来ません。

>恐れがもしそこにあったとしても、
>「愛しているよ」「ありがとう」と言いながら、
>まず受け入れてみて下さいね。
>そして、ハートを開き、飛び込むのです。

>…すると恐れは、ぐわ~っと自分に向かってくる!のではなくて、
>ふわ~っと昇華されて消えてしまう。

そう、そうなんですよね。。。
多くの人が少しずつ積み重ねていくと、世界が地球がきっと素敵に生まれ変わるのでしょうね。。。

今日の記事の中でリンク紹介しました。
「太陽に虹の環」
http://bit.ly/awinb0

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