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キリストの赦し 

みなさん、こんばんは

今日は、ホ・オポノポノにおける大切な要素のひとつである、
『ゆるし』 について、イエス・キリストのエピソードから、
考えてみたいと思います。

  関連記事  「ゆるすということ」

ナザレのイエスは、弟子に裏切られ、
ゴルゴダの丘で磔の刑に処せられました。
…2000年前のことです。

彼は亡くなる前、処刑執行人たちに対して
こう言ったと伝えられています。


  父よ
  彼らを赦してください
  彼らは何をしているのか分からないのです


…と。
これは、私たち人類に示された究極の、
「赦しの姿」 なのかもしれません。

   マウイ島 ハレアカラ山

相手が、いったい何をしているのか分からないのかもしれない、
という視点に立った時。
あなたは「ゆるせない」という記憶を、
クリーニング出来るかもしれません。

あなたがもしいま、とても苦しい状況にあるとしたら・・・。
その状況を 「すべて自分が対処できるんだ」 と100%受け止めて、
ゆるすことができますか?
もし出来たなら、あなたはゼロに近づくでしょう

とはいっても、どうしてもゆるせない事って、ありますよね…。
そんなときは、ゆるせない!と感じるありのままの自分自身を、
どうぞゆるして下さい

ありのままの自分を受け入れることが、
正しい自己愛への第一歩だと思います。

これを書いていて私はふと、逆もしかりと思いました。
つまり、心底善意でやったことでも、相手にとって同じ意味をなすとは限らない、と。
まったく悪気がなくても、私は生きているだけで、
日々誰かを傷付けたり、ミスをおかしているのかもしれない…って。

でも、それは当然のことです。
パーフェクトな人間はいないから。
人間である以上、不器用さや不完全さを持っていて、
そこが人間の人間らしさであり、愛らしさであり、美しさです。
だからこそ精一杯、せめて自分の目に見える範囲の事柄に対しては、
100%の責任を持って生きることが、ホ・オポノポノでは求められているのかもしれません。

私は夜寝る前に、DIVINITYに対して、

「今日、自分では気が付かずに、間違ったことをしてしまったなら、
ごめんなさい、ゆるしてください。
どうか、その記憶を消してください」

と、懇願するようにしています。
みなさんももし良かったら、一日の終わりに、「ゆるしを乞う時間」 持ってみてくださいね

   ごめんなさい、ゆるしてください、ありがとう、あいしています。

   そして・・・、おやすみなさい

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