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マイワールド感 

クリーニングを始めて「どんな問題も100%私の責任である」を前提として生きるようになった私は、無意識のうちに色んな穴に落ちていました。
自分で勝手に歪んだ解釈をして、勝手に穴に落ちるというアホなことを多々やってしまったんです。

そのうちの一つに、「マイワールドになってしまうこと」があります。

どんな時でもまず自分を内観する癖がつき、それ自体は良かったのですが、やたらと自己完結的になってしまったり、コミュニケーションが希薄なまま相手不在のマイワールドで事を着地させてしまうことが沢山ありました。
人間関係やコミュニケーションは、相手があってこそ成り立つもの。
なのに、相手不在のマイワールド感って一体…。
ヒュー・レン博士はそんなこと、一言も言っていませんよね。

相手の気持ちや立場を想像したりすることが、すっぽり抜け落ちてしまいました。
ホ・オポノポノが全ての要因ではなく、もともとそういう傾向にあった私が、独自の歪んだ解釈によってその世界観を強化させてしまったのです。

ホ・オポノポノは、シンプルかつとても深遠なのに、けっこう分かった気になっていた…という、傲慢さ、安易さのあらわれだと思います。
いま、このブログを全部読み返したら「そりゃ違うだろー!」と自分でツッコミを入れたくなることが多々ありそうでちょっと恥ずかしいから、あまり読み返していません。

第2章はどんな風にするか迷ってましたが、まずはこういった「気付き」を、気ままに書いていきたいと思います。

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カテゴリ名の変更です 

先日「ホ・オポノポノの落とし穴」というカテゴリーを作ったのですが、
前の記事にコメントをもらったのもあって良く考えてみたら、
「落とし穴」っていうより、「私が勝手に落ちていた穴だよなー」って思いました。
ホ・オポノポノを理解していく時には、本を読み、実践し、講演会に参加するなどしながら
自分なりの解釈をして身につけていきます。
私もそうです。
やはり、個人個人のフィルターを通すという意味で、癖が出ますよね。
ですので、「私にとってのホ・オポノポノの落とし穴」という風に、
カテゴリ名を変えますね。
長いけれど…。

私と似ているメモリーパターンを持っている人は、「同じ様な受け止め方をしていた!」
と感じることがあるかもしれませんが、私と似てない人は、
「へえ、全然そんな風に思わなかったよ。
 でもぽにょさんはそんな風に感じてたんだな~。」
という発見&クリーニングの機会いなるかもしれません。
他者との違いを発見することは、すなわちそこに自分を見ることですので、
私が誤解していて陥ったポイントをこの場で提示することで、
皆でより深くクリーニングを行っていけたら…と思っています^^

ホ・オポノポノの落とし穴 

みなさん、こんにちは。

思うところあって、「ホ・オポノポノの落とし穴」という
カテゴリーを作りました。
今まで、ホ・オポノポノは完璧で素晴らしい方法だと思って、
このブログで綴ってきた私ですが、現実で周囲の人に伝えたりしていくうちに、
なかなか真意が伝わらない感覚だとか、私自身、自分の都合の良いように解釈していて
逆に危険だと感じるポイントだとかに、色々気付いて来ました。

ホ・オポノポノを知り実践していくためには、
書籍、講演会、個人セッションなどがあります。
またこのブログのように、誰かからの体験談からもそのエッセンスを知って、
自分の実践に活かしていくことが出来ると思います。

・・・でも、それにしても、いずれにせよ。
「情報が少ない、少なすぎる!!」と、思うんです。
情報が少ないからこそネット検索して、このブログに出逢った方も、
たくさんいらっしゃると思います。

ホ・オポノポノは、ハワイのシャーマン達、カフナの秘法を
現代版にアレンジしたものです。
カフナの秘儀の中には、「相手の髪の毛1本で相手を呪い殺せることが出来る
という、呪術までも含まれているそうです。
ちょっと、怖いですよね・・・。
でもこの発言は、ヒュー・レン博士が来日後初の講演会で、
はっきりと述べているんです。

でも、カフナ達が口承で継承してきた秘法が、そんなに簡単なはずありませんよね。
でも、モナ氏を介するインスピレーションによって、
大衆が安全に行えるスタイルとして、現在のSITHが提唱されているわけです。
SITHが生まれたのは、宇宙の望み、とも言えるのかもしれません。

でもSITHには、本当の奥儀とか秘密は、公開出来ないというか、
公開されていないのではないでしょうか。
たぶん、そんなに、簡単なはずが、ないと思うんです。
正解がないぶん、色々な人がそれぞれの解釈をして、
逆に間違って使用してしまう可能性もあると思います。
だから、個々人が理解する内容が、「マイワールド」になりやすいのではと懸念します。

私もその一人です。
過去に、誤解して実践していたことについての記事を書いたのですが、
今まで一番炎上してしまいました。
でもここからも私は、多くを学びました。
コメント下さった皆さんに、改めて御礼をしたいです。
ありがとうございました。

  →  「謝りグセ」

ですから今出ているSITHの情報は、誰が聞いても受け入れやすく、
そして効果が出るものとなっていますが、
それも人によっては、目に見えたりするような大きな効果として、
出たり出なかったりなんだと思います。
本当を言えば、SITHのような簡略的なものよりも、
ものすごく緻密で宇宙そのものといった美しい秘儀の中でこそ、
最大限の効果が得られるではないかと思うのです。
でも残念ながら、秘儀の部分が大衆に公開されることはないと思います。
カフナ達は、アメリカ政府によってその存在を鎮圧されてきた歴史があり、
今はSITHが話題になることで世界から注目を集めてはいますが、
たくさんの宝物といえる文化が、なくなってしまっているのかもしれないと思います。

その証拠に、2年前に一人でハワイ旅行をした際に、
何人かの現地ガイドの人に「ホ・オポノポノに感動して、今回ハワイに来たんですよ」
と話しても、「それ、何ですか?」って、知りませんでした。
そのことに私は、びっくりしたのでした。

さて。
どんな物でも、「これはいい!素晴らしい!」となると、
かえって問題点が見えなくなることって、あると思うんですね。
「恋は盲目」のように・・・。

自分が行っていることや、考えていることや、自分の生き方。
「これでいいんだ」、というところに留まらず、常に常に検証していくことが
物事のクオリティを高めていくことだし、生き生きとしていることだとも思います。
ファッションだって、毎シーズン常に新しい流行があるわけだし、
若い頃のお化粧を、何十年もやっていたら、それってあんまり素敵じゃないですよね。

それに、ホ・オポノポノを伝えるということにおいて私は、
ある意味何かの使命感を持って臨んでいるのですが、
ハッキリ言うと「頭打ち感」があるんです。

今まで私は、ホ・オポノポノの長所、素晴らしい所を、
2年に渡って書いてきました。
だからこそこれから視点を変えて、敢えて「ホ・オポノポノの落とし穴」
を見ていこうと思ったのです。
それが、ホ・オポノポノの本質に近付ける唯一の方法ではないかと思いますし、
ネガティブな部分から目を逸らさずにを深めていくことで、
更なる学びがあり、物事を立体的に捉えることが出来、
本質に迫れると思っています。

なおこれらの気付きは、リラ・アカデミー伊藤 美海先生の個人セッションの中で、
指導して頂いた内容が多く含まれています。
伊藤先生のもとを私が訪れるようになったきっかけなどについては、
今後またお伝えしていきたいと思っています。

謝りグセ 

みなさん、こんばんは。

私はつい最近、ある大切なことに気が付きました。
前日くらいからモヤモヤしていて、翌朝起きた時に「やっぱりそうだ!」と
妙に確信した事なんです。

これは私にとってはものすごい発見で、みなさんに早くお伝えしなければ思っていました。
ホ・オポノポノの根幹ともなる部分を私は、大きく勘違いしていたような気がしたのです。

さて、4つの言葉やクリーニングツールででクリーニングする、ホ・オポノポノ。
自分に対して行うことが、基本です。
今日は特に、4つの言葉について考えていきますが、
どれも言葉として素敵だし、人間として大切な要素だと思うので、
クリーニングを始めてから私は、日常会話のなかでも使うよう意識して過ごしてきたんです。
そんな中で私は、自分自身のメモリーに左右され、
大変間違った癖をつけてしまったのではないかと気が付いたのです。

それは、「謝りグセ」です。
誰かとの間に波風が立った時に、すぐさま「ごめんなさい」
と謝る癖を持っている自分を発見しました。
それで良いのだと、ずーっと思ってきました。

例えば、私とのやりとりの中で相手が怒ったり不快になったとしたら、
自分の表現に問題があったということだから、全力で謝るべきだと思って来たんです。
確かに、そういう時もあるかもしれませんし、
本心から謝りたい時はそれで問題ありません。

でも・・・本質は違いますよね。
人間がお互いの関係性のなかで衝突した場面で、本当に全てが全て、
私がごめんなさいと言えば済むことなのだろうか・・・と言う事に、
やっと疑問を感じるようになったのです。

これは、ある身近なトラブルから違和感を感じ始めたことがきっかけでした。
対人関係のトラブルがあって、私は相手をずいぶん怒らせてしまいました。
ただ、私にはその時全く悪意はなく、逆に、
相手が怒るのはおかしいんじゃない?と本心では思いました。
でもついつい謝りグセで、「ごめんなさい」と謝って、その場は収まりました。

しかし・・・、後になってもスッキリしないんです。
私は、愕然としました。
ホ・オポノポノしているのに、どうして??と思いました。
でも自分の気持ちを見つめた時、以下のようなことに気が付きました。

「ごめんという気持ちは確かにあるけれど、私の言い分だってある。
 それを相手に伝えなければ、相手も私の状況を理解できないのではないか。
 本当の相互理解には繋がらないのではないか。
 それより何より、ごめんと謝りながら、全然ごめんと思っていない自分がいるじゃないか。
 表面的に相手に謝ることって、相手に対して何て不誠実なんだろう。
 そして、自分自身に対しても、どれだけ不誠実なんだろう。
 何て自分を傷つける行為なんだろう・・・。」

そこでやっと、気が付いたんです。
すごく基本的なことでした。
ホ・オポノポノでは、相手にごめんなさいと言いましょうなんて、
誰も言っていません

あくまで全て、自分自身への働き掛けですから。

それなのに私は、相手にありがとう、ごめんなさい、許して下さいと伝えるとして、
いつの間にか理解してしまっているところがあって、
ついついヘコヘコと謝る癖を、自分のパターンとしてつけてしまっていたのでした。

どうしてこうなってしまったのか…?
じっくり、内観しました。
そうしたら、私のなかのウニヒピリが言いました。
・・・嫌われたくないから謝るの」と。
とても悲しくなりました。
ウニヒピリを虐げてきた自分を、心底悔みました。

トラブルが生じてストレスを感じた時に私は、自分のウニヒピリをケアする前に、
相手に平謝りしてその場を丸く収めるという方法をとり続けてきました。
これは、自分のウニヒピリを傷付ける行為でした。
相手にヘコヘコ謝っているその間、私はウニヒピリを完全に無視していたのです。
こうやってたくさん傷付けてきたのだと気が付きました。

このブログにおける今までのホ・オポノポノの説明の中で、
誤解された方がいらっしゃるかもしれませんし、
私と同じような癖が付いてしまっている方もいるかもしれませんので、
皆さんに、改めてお伝えしたいと思い、いま記事を書いています。

4つの言葉やクリーニングは、自分自身にまずして下さい。
まず自分をしっかりクリーニング。
自分が終わったなら、やっと相手です。
この順を間違えると、間違いなくウニヒピリを傷つけてしまいます。
それは、自分をないがしろにすることであり、自分を愛することと逆行する行為です。

そして、傷付けられたウニヒピリは自己卑下に陥ります。
ウニヒピリの誇りを汚すことになってしまうからです。
自己卑下に陥ったウニヒピリは、バランスをとるために、誰かを見下そうとします。

 関連記事 → 「人を見下すということ」
        → 「軽視」

潜在意識下での人を見下すという意識は、顕在意識上での言動として現れ、
平和を乱す行為に繋がることがあるでしょう。
しかしそれは、ウニヒピリにとっては陰陽の法則上、自然の流れです。
誰の責任でしょうか?
そう、「わたし」の顕在意識の選択の結果なのです。
つまり、私の責任です。

今回の出来事は、「がーん」と、頭を殴られたような体験でした。
でもいま気が付くことが出来て、本当に良かったです。
もしも、私と同じように誤解して理解している方がいらしたら、
ぜひ捉えなおす機会にしてみてください。
そして今まで、誤解を与えるような表現をしてきたであろう事を、
どうかお許しください。

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