スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

梅雨の思い出 

みなさん、改めておはようございます!
梅雨真っ只中ですね。
2週間ぶりのブログ更新、本日2つ目の記事です☆

梅雨といえば…、ふと、中学生の頃の想い出が蘇りました。
大好きだった担任の先生は、毎朝生徒が来る前に季節とかに合わせて
黒板に一言メッセージを書いてくれることがありました。
毎日だったような気もします。
ある梅雨の日、
「梅雨の中休みですね」と、先生がメッセージを書いてくれていたんですが、
いたずら好きの男子がちょこちょこっといじって、職員会議が終わって先生が来た時には
梅干の中休みですね」となっていたんです。
「梅干しが休むって、なんか面白い~」って、私的には結構ウケていました。
そして、それを見た先生は、

「お!こういうことしたのは○男だな~(図星!)。
 あはは、なかなか面白いじゃないか^^」

と、受け止めて、いたずらした○男くんを褒めてくれました。
クラス中にドッと笑いが起こって、楽しかったです。
でも良く考えると、先生によっては怒る人もいるかもしれませんよね。
でも、この先生なら受け止めてもらえるって分かっていて、
安心しながらの可愛いイタズラ。
クラス中も、それを分かっているから、ワクワクして先生が来るのを待っていました。
とても懐かしくて幸せな気分が、今よみがえっています。
田舎の町立中学校でしたが、あの先生の教育には「本物の愛」があったなあ…って、
今でも強く思います。

こうやって、私の中学の担任の先生は、ひょうきんな子はそのひょうきんさを褒める、
という個性を活かす教育をしてくれたんだと思います。
だから、中学はとても楽しいクラスでした。
安心して個性を伸ばし合い、認め合い、クラスとしてのチームワークがすごく良かった。
だから、運動会とか音楽祭とかでも素晴らしい結果を残せました。
「誰が抜けていても駄目!」っていう感じがしました。
本物のチームワークって、そういうことなんじゃないかって思います。

家庭を、地域を、社会を、それぞれチームとした時に、
そのチームが最も力を発揮するために必要なのは、
決して、「全員が優秀なことなんかじゃない」のです。
それぞれが「本当の私」になり、「本当の私の本当の仕事、本当の役割」を見つけ、
それを淡々と果たしていくことなんだって。

最近色々と「チームワーク」について考える機会がある中で、
自分の中学時代の体験を思い出すことで、「本物のチームワーク」を
少しだけ理解することが出来たように思います。

私たちが生きていく上で大切なのは、ほんとうの自分になること。
ほんとうの自分を生きることに、他なりません。
自分がまさにそういうタイプだから心底思うのですが、
「嘘、偽り、誤魔化しは、もういらない。」のです。
だって、ほんとうの自分になることが、自分のためでもあり、
チームの一員として、チームのためでもあるから。
それって、家庭のため、社会のため、日本のため、世界のため、
そして、地球のためなんです。
今までの考え方からしたら嘘みたいかもしれないけれど、
これが真実だと私は実感しています。

古くて重い記憶はもう、えいっ!とぶち壊して、脱ぎ去りましょう!
今まさに、そういう時が来ているのだと思います。

ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」ウニヒピリ ホ・オポノポノで出会った「ほんとうの自分」
(2010/04/21)
イハレアカラ・ヒューレン、KR女史 他

商品詳細を見る

スポンサーサイト

いま、おとなにできること 

最近、シュタイナー教育について、触れる機会が増えています。
ルドルフ・シュタイナーが創設した人智学をご存知ですか?
人智学のなかには、医学も教育も建築も芸術も、たくさんの分野があるそうなんですが、
医学である「アントロポゾフィー医学」を勉強している先生方と、
出会って交流する機会が増えているんです。

人智学の内容はものすごーく奥深くて、まだまだ入口すら見えない感じなのですが、
その先生方と接していると「もっと知りたい」という気持ちが湧いてきています。
  → 「アントロポゾフィー医学のための医師会」公式HP

…今日、本屋に寄った時にふと引き寄せられる本がありました。

 

これからのシュタイナー幼児教育―いま、おとなにできることこれからのシュタイナー幼児教育―いま、おとなにできること
(2010/05/27)
入間 カイ

商品詳細を見る


以前にある勉強会に出た時にも見掛けて、
「おや、素敵な雰囲気の本だわ」と思ったんですがその日はスルー。

でも今日再会したので、買ってみました。
これくらいからなら、読んでいけそうです。
まえがきで 「幼児にとって、大人(親)は環境である」という内容が書いてありました。
親がいつもケンカしていたり、ピリピリした雰囲気であれば
それがそのまま環境となり、子供は「世界=緊張した不安定なもの、怖いところ」と
認識してしまうかもしれません。
世界に対する最初の認識が、そういうネガティブなものであると、
その子の人生にきっと、大きな影を落とすことになってしまうでしょう。

幼児教育なんて、今まで考えてきたことはなかったけれど、
結婚したいま、私にとっていつか身近な話題になってくると思います。
それに、自分の子供に対してだけでなく、今同じ時代を生きる子供たちに対しても、
大人としての自分はどうあるべきなのか・・・。
そういうことを、考えていきたいと思います。

昨日の 「まぼろしハワイ」 もそうだったんですが、
私は本を買ってもしばらく読み始めなくて、しばらくしてふと読み出すんです。

この本も、読んだら報告したいと思います。

今日もありがとうございます。

本当の自分を生きること 

みなさん、こんばんは。

こうして今、ブログという表現の場を作れるようになったことは、
私にとって大きな喜びです。

医学部の学生だった頃、高学年になってから親しくなった同級生がいました。
彼女は普段とても控えめで、繊細で、良心と善意の塊のような女性。
今は、高齢者医療に向き合っています。

その友人が、10年以上前から自分のHPを作り、日記や自作の絵を載せたり、
色々な方々と伸び伸びと交流しているのを見て、学生の私はとても憧れたんですね。
それに、同じ授業を受けていて、同じ学校に通って時を共有しているのに、
彼女の体験している世界と私の世界は、全く違う
このことに気付き、とても驚きました。

ちなみに彼女は、カッコイイことを伝えていたのではありません。
医者の卵として、ありのままの自分の悩みや葛藤、苦しみや悲しみ。
また喜びを、率直に語っていました。
それは今も変わらず、私は定期的に彼女の場所を訪れます。
「○○ちゃん、元気かな~?」と思いながら・・・。

私が日記を書きはじめたのは、小学校六年生です。
中学にあがる前に、記録を始めたいという理由からでした。
その後の私の日記は、好きな男の子と目が合った、キャンプファイヤーで踊れたとか、
何部の何とか先輩がかっこいい、カワイイなど、
思春期真っただ中の内容が大半をしめつつ、
親への反抗を書きなぐる日もあれば、部活の悩みを書いたりなど、
ごくごく普通のものでした。

書くことで思考が整理されて気持ちが落ち着くという効果を知った私は、
毎日ではないにしろ、記録を続けていました。

日記の継続と、友人からもらった憧れの種が、
ホ・オポノポノとの出会いによって芽を出し、
今のような場になったのだと感じます。

(○○ちゃん、本当にありがとう!
 愛しています^^)

先をゆく彼女がいたから、私は彼女の表現に憧れ、自分のなかに目標を持ちました。

人は人により救われ、導かれ、成長していきます

 夕焼け
 (オアフ島で見た、とても美しい夕焼け空 )


彼女は私に、ブログ書いたら?と勧めたことはなく、
ただただ自然体に、今も自己表現を続けているのです。
私が、彼女の「在り方」から学んでいるのです。

このように人間は、意図しようと無意識であろうと、
「自身の在り方」を大切にして生きることだけで、
周りを照らし、導くことが出来るのです。
素晴らしいことですよね。

本当の自分を生きるとは、あなた自身のためだけでなく、
あなたと関わるすべての命にとって、とても大切なことです。

みなさんもぜひ、本当のあなたを生きて下さいね^^


今日もいちにち、お疲れ様でした。
ありがとうございます。
愛しています。

ルドルフ・シュタイナー 

  教育とは、芸術である

    ルドルフ・シュタイナー

  ワイキキ 朝の光 
  
   朝の光に照らされて、ハワイの1日が始まります。

本当の支援とは 

前の記事に引き続き…。

寄付って今の日本でなら、誰でも出来ますよね。
コンビニのレジでちゃらんって小銭を入れて、
「あぁ良いことしたなあ~」って気持ちに、なるかもしれません。

お金は実際に、物が不足している現地でたくさんの方の力になるでしょうし、
先日の自然災害のような場面でも、お金は大きな力になります。

でも私は、それがいつでも万能ではないのかもしれない…と、考えました。
お金や物品の寄付だけでは、問題の、根本的な
クリーニングにはなり得ないのかもしれない、と。

さらにもしかしたら、「また日本から物をもらえばよい」などと、
その国の方々が依存的になったり、退行して働く気力が失せたりと、
自立心を奪ってしまう可能性がそこに生まれないとも限りません。
…支援とは、本当に難しいなあと思います

私は、貧困に苦しむ地球上の仲間たちに出来る最大のことは、
教育の機会」だと思うのです。
日本では、多くの場合、教育の機会に恵まれています。

その機会がないのは、経済的に余裕のない国。
貧困を抱える国です。
その中でもより機会が少ないのは、男性よりも、
女性でしょう。
それは、労働力の面からかもしれない。
それは、いずれ嫁ぐからという、理由からかもしれない。

与えられるべきは、「機会」だと思います。
そこでやるかやらないかは、それぞれの自由意思による選択だし、
自己責任の領域です。
機会をどう活かせるかということは、生きていくなかで
とても重要なことです。

教育とは、その後の人生の自由度を左右するものです。
そして、何十年もの長きに渡り、人間に作用し続けることが出来ます。
目には見えませんし、いくら大金があっても、
そうでない人を、お金で教育を受けたことにすることには、出来ません。

本当の支援を考えた時に、その人自身の力を高めるような働きかけ、
つまり教育をしていくことが、
とても大切ではないかなあと思ったのです。

今日も、ありがとうございます

あり余る富があったら 

みなさん、こんにちは。
勝間和代さんが書かれたものを読んで
インスピレーションを得たので、記事を書きますね。

これからひとつ、あなたに質問をしますね
ちょっとしたゲームだと思って、頭でああだこうだ考えすぎず、
自分に正直になって、直感で答えてみてください

uestion1
「あなたが今日億万長者になったとしたら、何が欲しいですか?」

ここでのポイントは、あなたが望むものが全部手に入るということ。
障害や制限は何にもありません。
あなたの幸せを満たすために、どうやって使ってもよくて、
誰からも文句は言われません。

何が欲しいですか?
誰といたいですか?
どんな家に住んで、どんな仕事をして、どんな収入があれば幸せでしょうか?
どうしたら、あなたは満たされるのでしょうか?
心底、豊かでいられるのでしょうか。

…想いのままに、考えてみてくださいね。
自分の欲しいものは、ぜーんぶ手に入るのです。
心底満たされた状態のあなたを、五感をフルに使ってイメージしてみてくださいね

ではでは、完全に満たされた気持ちの良い状態になったら、
次の質問へいきたいと思います。
こちらが本当のあなたへの質問です。


uestion2

「あなたは、それでもまだあり余る富があったら、
 誰をどうやって笑顔にしたいでしょうか?」


人間は利己的な存在でありつつ、極めて利他的な存在でもあります。
その葛藤のなかで生きているのが、人間です。
そして、人間ひとりひとりの中には神がいます。
神の意志とつながることが、人が幸せに生きることにつながっていきます。

自分が完全に満たされたとき、あなたは誰を、笑顔にしたいでしょうか。
誰のために、お金を使いたいと思いますか?

次は家族をという方も多いかもしれませんね。
たとえば、苦労をかけた親に家をプレゼントしたい。
子供に素晴らしい教育を受けさせたい。
奥さんに家政婦をつけて、楽をさせてあげたい、などなど・・・。
わかりました、じゃあそれも満たしましょう!

さて…、そうしたら次は、どこへの意識がむくでしょうか。
心のなかの神なる自分に、問いかけてみてくださいね。

いわゆる赤の他人に対して、「笑顔にしたい」というパッションがあるとしたら。
それがあなたの人生の根幹にかかわるミッションと、
関係しているかもしれないと私は思ったのです。

ちなみに、私に降ってきたインスピレーションは、


「世界の貧困地域の女の子たちに、教育の機会を与えたい」


というものでした。
自分でも、ちょっと意外でした。

みなさんは、どんなインスピレーションを感じましたか。
良かったら、どうぞ私にも教えて下さいね!

  …続きます

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。