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生きるということ 

生きる目的はと問われれば
私の答えはいま

本当の自分を知る
本当の自分を生きる
自分を愛すること
そう答えるだろう

同時に
生きるうえで
精神的 つまり霊的成長が
何より重要であるとも感じている

人間とはいったい何だろう
生きる意味って何だろう
何のために生きるのか
生きる目的はどこにあるのか

答えの出ない問いを追い求め
悶々とした思春期を送った私は
人間をもっと知りたいと思うようになり
医師を志した
相変わらず悶々とした学生時代を過ごしながら
手当たり次第 探求し続けていたとき
あれは 医師になったころ
あるひとつの答えに行きついた
それこそが
「霊的に成長することが 生きる目的である」
ということだった
その後わたしは精神科医となった

しかし
精神科医となった私には
より深い悩みと戸惑いとともに
何かに対する怒りがあった
「なぜ?」「どうして?」「ふざけるな」
疑問ばかりの日々が続く
答えの出ない迷路にはまりこみながら
“光”ばかりを追い求めた時期があった
しかし光だけでは
私に答をもたらさなかった

探求を続けていた私は
あるとき本当の暗闇に迷い込んだ
死とも匹敵する暗闇に
真っ暗になった私の世界
暗闇の世界はしばらく私を離さなかった
そんな時私は
ホ・オポノポノに出逢った
それはたった 2年前のこと

「求めよ、さらば与えられん」

数十年求め続けた答えのひとつが
ここにあることがすぐに分かった
そして
その瞬間から私は
暗闇の世界から歩き出した
今度は光の方向へではなく
ゼロへと向けて
歩み出した

ホ・オポノポノは
人間の霊的成長を促してくれる
未熟さや幼さを成熟させ
成長させてくれる

人に依存し
人に責任を押し付け
被害者意識に浸かって生きてきた私が
苦悩の末にホ・オポノポノを知ることで
世界の100%を自己責任として生きはじめた時
人生が動き出したように

私に起こった現象を
言葉で置き換えるとすれば
“成長”に集約出来るだろう

生きることはクリーニングすること
クリーニングすることで私は
霊的に成長出来る
霊的に成長したその先にはきっと
「すいすいと本当の私を生きる」ということが
待っている予感がする

「ほんとうの私」の姿で
人生の大海原をすいすい泳ぐ自分でありたい
生まれる前に自ら携えた
その青い地図を片手に

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あたりまえ 

食べるご飯があってあたりまえ
今夜寝る布団があってあたりまえ
家族がいてあたりまえ
健康でいてあたりまえ
お金をだせば好きなものが買えてあたりまえ
夜の町を歩いても安全であたりまえ
学校に行けてあたりまえ
教えてもらってあたりまえ
与えてもらってあたりまえ

感謝?
それってなんだっけ
どんな感覚?
意味わかんない

戦争がなくてあたりまえ
罪を犯さなければ捕らえられないのはあたりまえ
理由なく殺されないのはあたりまえ
ある民族や人種だからというだけで
殺されなくてあたりまえ

だって日本は平和だから
好きで日本に生まれたわけじゃないし
たまたまそういう世の中だっただけ
自分ひとりで何か出来るわけじゃないし
世の中のことは政治家とか誰かがやってるみたいだから
まぁ誰がやっても変わんないけど
自分の責任じゃないし
興味ないし
痛くもかゆくもないし

本当に?
本当にそれ
当たり前なんですか?

私たちの日常には
あたりまえが溢れすぎている
あたりまえなんて何もないんだって
その事実に気付いている人は
一体どのくらい
いるというのだろう

どのくらいの暗闇を
どのくらいの苦渋を味わえば
あたりまえという名のギフトに
人は気付けるというのだろう

目をそらさずに 

人はいつも人の中に自分を見る
いいところも、悪いところも
大好きなところも、嫌悪するところも

人は人が自分が許可していないことを
のうのうとやってのける人を憎む
自分に許せていないから
相手のことも許せない

人は誰かをいつも批判する
そして自分を正当化する
相手のことを批判するとは
自分をいつも批判していること
批判することで相手と自分を攻撃しているぶん
正当化することで自分を守る
自分に鎧をかぶる

自分を守るためにはこうやって
エネルギーを逆方向に使いながらバランスをとる
自分の世界だけのベクトルの相殺
確かにひとつのゼロかもしれない
でもこれでは
世界や他者とは繋がれない

何かが貴方のなかで反応するとき
そこには必ず「あなた」がいる
そこには必ず「記憶」がある

何かが貴方のなかで反応するとき
どうか立ち止まって
立ち止まって受け止めて
見つめてそして受け入れて

あなたが目をそらさなければ
必ずあなたは記憶と出逢う
あなたが逃げなければ絶対に
記憶は昇華され
あなたに愛が届けられる

自分の感覚を
どこまでも信じること
そしてどこまでも
目をそらさないこと

自分から
目の前のあなたから
この世界から

もう
目をそらさないこと

受け入れる力 

自分を受け入れることは
とても大切だと思う
ダメな自分
弱い自分
そんな自分でもただ受け入れていきたい

ありがとう
ごめんね
ゆるしてね
愛しているよ

ホ・オポノポノを語るのはたやすいけれど
ホ・オポノポノを生きるとはとても難しいこと

クリーニングをずっと続けていて分かるのは
ホ・オポノポノを生きることはとても難しいということ

そして
ホ・オポノポノを生きる世界は
こんなにも美しいということ

この世界を
この自分を
目の前のあなたを
遠い国の問題を
この美しい惑星を

すべてを受け入れる力を育てるために
私はただクリーニングを続けていく

軽視 

私のなかにあったメモリー
今まで気が付かなかったけれど
クリーニングによって記憶の層がはがれてきたときに
見つけてしまった 重いメモリー

それは 軽視
上から目線になって 冷ややかに相手を見下す
簡単にそういうことをしてしまう
自分でも気付かないくらい無意識に
そういうことをやってのけてしまう

どんな時にそういう自分が出るのかを
ちゃんと感じてみた
そしてそれは 気持ちが緩んでいる時
気を許している時だと気付いた
そうやって私は これまでの人生において
人を傷付け続けてきたんだ

軽視するとは
相手に敬意を払っていないこと
相手を大切にしていないこと
相手の努力を認めていないこと
相手の想いに寄り添っていないこと
相手の立場に立てていないこと
相手の目線を無視していること

それはつまり
愛とは逆の行為だった

軽視するとは
自分自身に敬意を払っていないこと
自分自身を大切にしていないこと
自分自身を愛していないこと

外でどんなに良い顔をしていたとしても
気が緩んだとき 仮面を外したときに
そういうことを無意識にしてしまう私がいる
それが今の本当の私の姿
たとえ外では良い人の仮面をかぶれていても
仮面を外した時に
まだちゃんと自分を愛せていない私がいる

軽視
それは愛とは逆の行為
軽視
それは私の中にある闇

私は変わりたい
自分を大切にする私に
私は変わりたい
「ほんとうの私」に

メモリーに気付く時 

何がどう間違っていたか
どうやってメモリーを作り出してしまったか
その事に愕然と気付く時
あぁそうか、瞬間瞬間クリーニングが必要だったのだと
深く深く気が付く

あの時に感じた違和感や
あの時気になりつつも放置した感情や
あの時の甘えや依存や見栄や保身や体裁や無知が
この現状としていま現れているということを知る

愕然としながら私は
100%を受けとめる
もう自分を責めはしない
もう後悔はしない
もう人のせいにはしない

私はただ、メモリーを作った自分を受け入れる
苦々しい感情とともに
受け入れた苦々しい感情は私にたくさんのことを教えてくれる
この失敗から学んで明日へと活かすことが
私に出来る最大の貢献なんだ

人は無意識にメモリーを創り続ける
こうやってメモリーは
宇宙創生から積み重ねられてきた
塗り固められてきた
それを消すためには
毎瞬毎瞬を
意識的に生きなければならないと強く思う
私は気を引き締める

あの暗闇の日々の中でみつけた
私のなかの神なる光
気がつけば今は遥か彼方に遠のいていた
私のなかの神なる光

でも私は諦めない
諦めさえしなければ
人はいつだって進むことが出来るのだから
私の中にはいつでも
光がともにあるのだから

私は今日もクリーニングを続けていく

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